クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー314】《部活の空気感》 

【ある日のコーチング・カレンダー314】《部活の空気感》

「部活の空気感」

ある時、HP掲示板にこんな書き込みがありました。

「こんばんわ。いつも今日の一言に感心させられます。
いきなりですが、自分たちはマンツーマンディフェンスがすごい下手です。2番のディナイが出来てないし、3番ポジションのヘルプも全然で、試合になると点を許してばかりです。
まず、自分が意識していることは戻りを早くする、声を出して仲間に知らせるなどいろいろです。気持ちだけは誰にも負けないと思っています。
最近は1、2、3番ポジションの練習に取り組んでいますがどうもうまくなっている気がしません。声が出ていないことがすごい痛いです。

部活の空気も当然ダラダラしていて、練習の切り替えが遅い、全員で声を出さない。など注意しても聞く気を持ってないのか全然変わりません。そんな練習で一日が終わっても自分は満足できないです・・・自分勝手ですが
「声を出せよ」=誰か出すだろうって部員が多く、注意した私は嫌な奴扱い。もう転校したいぐらいです・・・
こんなもので勝てると思っているのか?本当に勝つ気があるのか?それで努力しているのか?やる気あるのか?とか言いたいですがこれを言えばうっとおしい奴扱い。本当に嫌になります。
畷北の試合アップなどを見ていたら「いいなぁ」ってついつい思ってしまいますが、勝つ気、やる気などはどのようにすればでるもんですかね??自分たちが変わらないとって気がない連中なので、、、もちろん全員がそうではなく中には頑張っている人もいます。
意味不明な乱文となってしまいました。。すいません」

これに応えて、

「我がチームでは、日常的に『声』を出すことが当たり前になっています。でも、いつも、いつも『声』を出し続けて、モチベーションが維持できているというと必ずしもそうではありません。肝心な『声』を出せなくって、こっぴどく叱られることも多々あります。『声』を出すって事をどのようにとらえるのか?「わぁーわぁー、ぎゃぁーぎゃぁー」ってノリの『声』が必要なら、それは悪ノリになりかねないよね。その『声』の必要さは余り感じません。
日々に練習の始まりには儀式的なものがあり、「さぁ、これから練習始めるよ」で「わぁー」って感じの始まりは必要です。それはなぜ必要なのか?気持ちの切り替えです。6限目まで授業で沈んだムードを引きずって体育暗に集まる。気の重い思いで部活に来ていることだってあるじゃない。そんな時、「さぁー、頑張ろうぜ!えい、えいおー」って調子で始めるのは悪くない。スポーツマンの脳にギアーチェンジは必要です。
なぜ、声を出せないんだろう?
必要性を強く感じていないんじゃないだろうか?
『声』は技術っていうことを理解していないんじゃないだろうか?
例えば、ディフェンスのスィッチプレイの時に好き勝手にやっていると思っているのだろうか?チーム内の決め事の中で行なわれるコミュニケーションとして『スィッチの声』がかかって初めて、行動を起こす。その『声』がかからない限り、自己責任において自分のマークマンを付くことが義務つけられているのがチーム内原則である。このことが理解されていなくって、バスケやっていても面白くないやろね。この『声』があって、初めて、「みんなでバスケやってるじゃん」って気持ちになれるよね。この感情を放棄するなんて寂しいよね。
良い選手でも必要時の『声』を出せなくって、ユニホームをもらえなった選手は居る。それほど大切なこと考える。ジャパンクラスでも、コミュニケーション時に必要な声が出せない。だったら、普通のチームで出せないのは、普通かよ。それ違うで。『声』はバスケに必要な技術であるってことを理解していないのでは?必要なのですよ。

良い練習方法を紹介しよう。
2人一組でシュート練習をしよう。どちらがシュートしてもかまわない。どの場所でシュートしてもかまわない。シュートの種類も3P、ミドル、フック、レイアップ、バックシュート、ダブルクラッチなんでも良い。30秒間に5本インするまでやる。なんて簡単な練習である。ただし、必ずパスをもらってからしかシュートしなくてはならない。そして、必ず、パスする人は、その人の名前を大きな声で「○○くん」と呼ばなくてはいけない。そして、パスの受けては大きな声で返事をしなくてはいけない。一度に何組もが同時に行なう。するとコート中に大きな声が飛び交う。小さな声では聞こえない。聞こえないから返事ができない。30秒で5本インできないものはペナルティー腕立て30回である。この30回も2人で声を出してカウントして、2人で同じ速度でやる。できないときはやり直し、合わなければ、合わせるまで待つ。そして、終われば、2人で必ず握手する。それをチーム皆で大きな『声』で誉める。

なぜ、このような練習をするのか?
①コミュニケーションドリルである。仲間意識の育成である。
②想定練習である。インターハイ大阪予選、決勝リーグ、満員の観客席、騒然とした雰囲気を想定したときに小さな声では指示がとどかない。大きな声を出すしかないのである。
③『声』は技術であるとの認識練習のためである。

このような理屈でやれば良い。それでもできないのなら、バスケする資格なしである。きっと勝利する味を体験することはできないでしょうし、負けても平気なムードが支配することでしょう。『声』を出すことは強制ではない。コミュニケーションの手段であることを理解させること。スポーツの現場は広いスペースで行なわれる。小さな声では伝達できない。このことを理解できないのなら、それはスポーツではない。」

すると
返答メールが届いた。
そうですね。やっぱり、声が技術ということをわかってないから出さないんだと思います。
すごく助かりました。明日からまた頑張る気になりました。感謝します。
ありがとうございました。
絶対、強くなります。
と返事がありました。

真剣さには真剣さを持って応える。これがクラッチのコンセプトである。世の中に頑張っているチームがたくさんあることが競技向上の秘訣である。コーチ資格とある枠でくくるのも良いが現実に悩んでいるチームへの救済にはなっていない。技術の切り売りがコーチだと思っている組織、そんなものじゃない。末端のマジメに努力しているバスケ愛好家に思いが届かない組織っておかしい。ミニや中学校や高校や大学の組織、その中でも世界に誇る高校体育連盟の組織をどう思っているのだろうね。この組織を利用しての教育改革を実施したほうが世界に通じるものを創造出来る気がするんだけど。トップ組織がいくら頑張っても、インターハイ会場や高校大阪予選の盛り上がりは作れませんよ。そこに資格制度は無用である。統一された考え方では競争原理はうまれない。現在持っているコーチ資格が自分のバスケット活動になくてはならないものとは考え辛い。そして、メリットを何も感じられない。資金集めの方法しか感じられないのである。この制度が機能するには一定の時間が必要であることは理解する。でも、定着するとは考え辛いものを強く、強く感じるのである。一部の人のための制度は無用である。

このHP書き込みのような『心の声』を聞き入れる組織って望むのが無理なのか?
愚痴っているよりクラッチを待つ部員に校門、体育館の鍵を開けるのが先決である。
朝早くから熱いクラッチである。
これがチームをあずかっていた当時のある一日の始まりだった。

信じるか否か、あなた次第である。
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