クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

最新トラックバック

【ある日のコーチング・カレンダー305】《3つの層》 

【ある日のコーチング・カレンダー305】《3つの層》 

学校を考える・・・・。
「3つの層を考える」。

全てのレベル(層)に平等になんてことは、自分には考えることはできないし、思いつかない。例えば、教室での学習に3つのレベル(層)が存在するとして、3つの層に分離して並び替え、一つ一つの層単位にターゲットに的を絞って、指導する。それはクラッチのとっては、非常にやりやすく、指導される側に満足させる平等感を可能性にすることはできる。全ての層を同時に満足させようとするから無理があるのである。
この考え方に対して、その層を別々に指導することが差別感を生むと言う考え方を主張する人が存在する。でもね、その人たちにその方法を聞こうとするとクラッチを満足させるような、しっかりした答えが返ってこないのである。

わからない子をわかるまで指導する。
聞こえは良いですよね。
でもね、同じ教室でわからない子をわからすまで、じっと我慢して、退屈にしている層が居ることをしているのだろうか?
また、その逆も教室では成立している。

それを追求すると「後で個別に指導する」っていう答えが結構、返ってくる。
でもね、放課後、質問にわざわざ来るようなら、こんな問題を提案しない。
勉強より、バイト。勉強より、オシャレの生徒にそれを望むんですか。
それを言い出すと部活動、特に運動系の生徒を同じような扱いをする人が居る。
「そりゃないやろ!」と言っても受け入れてくれない人は存在する。

それだったら、同レベルの子ばかりを集めて同時に指導すれば、飽きなくって安心して、教えることも、学ぶ姿勢も出来てくるのではないだろうか?

レベル別にすると層別格差が出来る。「それは教育じゃない」っての主張が返ってくる。
所詮能力には格差がつき物である。全ての子の能力が同じであることや同じに使用っていう発想事態がナンセンスである。

出来ないのなら、出来るようにするには教え方に2つの考え方あり、どちらにしろ教えて、理解できるようにするこの共通の発想があるとするならば、レベル別わけて、音字テーマで指導することが先決ではないのだろうか。
指導する側の勝手な押し付けで、同じ教室で出来る層&出来ない層や興味ある層&ない層をごちゃ混ぜにする必要はないだろうと思われる。

指導する側の本音でいうと最も下のレベルばかり集めると教え難いってことがあるのではないだろうか。
授業を聞かない、学ぶ姿勢がないなど、騒ぐからしかないなどが悪いイメージがよぎるのでは・・・・。

では、上のレベルが本当に学ぶ姿勢があるかって・・・。必ずしもそうであるとは思わない。
これは教える人と学ぶ人との共同作業では・・・と思う。
と言うことは、レベルにあった教え方をする人(「教師」)を抜擢することっではないのでは・・・。
極端に言うと中学・高校・大学とトップを歩んできた人が教員となったときに、少しの荒れや学ぶ姿勢が全くない層に入って指導出来るとは思い難い。そういう荒れを作る状態の生徒の心境を理解しようにも、できそうもない。
全てがそうであると言うものではなくて、指導対象にあった教員を抜擢すべきである。スポーツ嫌いの教員を体育科に派遣しているようなものである。スポーツする生徒の気持ちが理解できる確率は非常に低いと思われる。

今、クラッチは上と下の層を捉えて話をすすめてきた。
もっとうんざりしている中間層が存在し、実はこの層が最も置いてきぼりをくっているのである。この数のほうが圧倒的に多いのにもかかわらず、この層ことの論争はされずに、ものを言わないので放置したままなのである。そして、この層が押し殺している不満、「」俺たちどうしたらええねん」「どうしてくれるつもり」の感情は水面下に消えていくのである。
消えていくというより、潜伏していくのである。水面下にある問題の渦は急に浮上することがある。
この不満が教育界に対する最大の不満として、根強くあることを気づいている人(指導者)動かないとダメである。

この論争は教育界では常にある。

では置き去り成された中間層に目をむけて。
日頃は、上と下の層の教育論ばかりが論争となり、無視され続ける中間層に目を向けられない傾向がある。
教育界、社会がややこしくなって行くのである。中間層はどちらにも靡く。この層に目を向けてを高めなければ、下の層は絶対に上がらない。一番下の層を2つも3つも上の層を見なさいなんて教育自体が可笑しいのである。せめて一つ上のレベルを見ようって勇気つけ、努力させることの大切さを教えるのが急務である。色々な層が細胞分裂を繰り返し、修復不可能なレベルが存在してくる。「多様化する生徒のニーズ」なんて言葉が出ていること事態となっている。そんな全てのニーズを満たせる教育なんて存在しませんよ。人間性無視しなさいって言ってるのではない。画一教育を推薦しているのではない。色々なレベルをごちゃ混ぜにするなってことを言いたいのである。そのことを最も知っているのが、教育される側の生徒であり、児童である。
でもね、何年も過かって出来上がった構図は、簡単に、”ぶっ潰すこと”は難しい。
あれ~、「ぶっ潰す」って、どこかで聞いた言葉・・・。

長々と講釈を言ってきたのは、良い学校って、どんな学校ってことを考えていたら、こんな文章になってきた。
クラッチって理屈っぽいね。こんなんじゃなかったのに・・・。
「ああでもない。こうでもない」と考えているうちにこんな教師になりました。
もっと単純でおもろいものを目指すべきですよね。

では、「行きたくなる学校」って、どんな学校。
では、「行かせたくなる学校」って、どんな学校。
では、「安心して入学させたい学校」って、どんな学校。

これが本題である。では、この続きはまた明日。

信じるか否かは あなた次第である。

スポンサーサイト

category: オフィスKURACH

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://kurach.blog13.fc2.com/tb.php/1723-73a5c604
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

FC2カウンター

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード