クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー297】《ヤングエイジを思考する》  

【ある日のコーチング・カレンダー297】《ヤングエイジを思考する》  

 ある時、2週間ほどで5冊の本を読んだ。自分でも集中しているなって自負するほど、短時間で熟読している。きっと、指導者として心にモヤモヤした感情の整理をしたく感じていたから集中したのだろう。
 何故、モヤモヤとした感情が起きてくるのだろうか。いくら指導していても部員や生徒から、響くものを感じられない。受け取る側が悪いのか、指導する側が悪いのか、とにかく現状を変えないと前進はない。当然自分のためであるのだけども、ある時期、指導していたバスケットボール部の部員を何とかしたい一念でもある。心に響かせる言葉や指導法を追い求めたい、身に着けたい。この子たちが上手くならないのは自分の指導力や伝達力や教育力が伴っていないからではと、悩む心が本を読むという行動に駆り立てられている。クラッチなりの学ぶ姿勢である。

 自分が指導する内容の選択肢に迷いはない。でも、上手く機能しないのは何故なんだろう。指導される部員や生徒側の問題なのか?指導されることを受け入れない、聞き入れられないのには彼の生い立ち、育ってきた過程が大きく影響しているのではとつくづく思う点が多く出てきた。生徒一人一人、15年程度の人生ではあるが、彼らが培ってきたこと生い立ち、人間関係、大人との付き合い方などでマイナス要因があるならば、そう簡単には変化させたり、好転させることは考えにくい。でも、今なら、将来にも役に立つ生活習慣や社会の一員として機能する人間に育てることは出来る。その最後の時期である。その基盤を作ってやるのが指導者としての役割である。思い上がりで書いているのではない。彼らの取り巻く環境、教育環境でこの子たちがこのまま巣立っては大変なことになる。そんなことが指導者魂を揺り動かせている様な気がする。勝利至上主義ではないが勝つための努力をするプロセスから生まれ出る人間力が人の幅を作る。その向上心を願う心と受け取る心が一致しなくては上手くいかない。コミュニケーション力不足では、進歩は望めないない。

素直じゃない。好き勝手な部分だけしか受け入れない。受け入れる事が出来ないのなら、無視するのなら、別の所で頑張ればいいのにそれをやろうともしない。自分に都合の良いところだけを残しておいて、他人に嫌な気だけを振りまく。それを注意するとキレる。だから、なかなか前向きにならない。上手くならないことや上手くいかないことは他人のせいにする。でも、いいとこ取りだけはする。頑張る子の影にいて、一緒に努力しているふりをする。自分が傷つくことは絶対にしない。昨日まで仲間であった子が叱られたりすると自分には関係ありませんという顔をする。そんな子が集まって、頑張るスポーツ集団で絆が出来る訳がないじゃない。

 こんな子が年齢的な成長をしていっても、将来、働きもせずして、良い暮らしをしたいとか、教育機関を卒業しても、働きもせずにニートの生活を過ごすとか、やりたいことが見つからないとか、実際に一度働きに出ても、自分にあってないとか、上司が自分をわかってくれないとか自分勝手な御託を並べてのうのうとし出すことが予測される。その事態を最近、強く感じるのである。日頃、社会人とて育ったときにとか、人間的に成長してほしいとかという願いを込めて、会話することが多い。眼前の大会のことだけでなくとも、心の成長が結果につながることの多いスポーツ社会では、聞き入れて、徹底させる事が非常に大切である。

 連日、協力して勝つという課題を出し、『チームとして何をすべきかなのか』を考えた上でチームシステムを確認させていた。でも、指導の過程で、しっくりこないのである。「そりゃないやろ(でしょ)…」と言われることばかりえをしでかす。技術がまずくって出来ないのなら我慢できる。そうではない。ミスが起きてもカバーする者がでてくれば、チームプレイは成立する。そして、チーム共有の喜びに発展していく。でも、それだけでは、共有の喜びにまで発展しないのである。所謂、チームとしての成功感が芽生えてこないのである。個の世界では出来ても、集の社会でできないとチームは成り立たない。集の社会は、個の役割と責任で成り立つ。そして、個の責任を実現させることでお互いの信頼関係が出来て良い関係が生じる。所謂チームワークが出来上がるのである。このチームワークが更なる飛躍を創り出すのである。

そんな試行錯誤の中、『スポーツは「良い子」を育てる』永井洋一著 生活人新書を読み終えた。
この本を読む気になったのか?
スポーツする楽しさを学んでほしい。
学んだことから人間的な成長の材料を見つけてほしい。
集団の中の個人の頑張りを学んでほしい。
集団の喜びと個人の喜びを学んでほしい。
成功感や成就感を体験してほしい。
勝った、負けたの結果は後からついてくるものである。それに振り回されて小さくなってほしくない。
などを考えて読んだ本の内容が
プロローグ:大人に歪められている少年スポーツ。
第1章:なぜ子供にスポーツさせるのですか?
第2章:スポーツは本当に清く正しいものなのか。
第3章:ピッチペアレンツとピッチチルドレンの悲劇。
第4章:現代の子供が抱える問題とスポーツ。
第5章:スポーツをすることで子供に身に付けさせたいもの。
という内容である。

 一見スポーツさせることを疑問視するような表題のように受け止められる。けど、内容はゴールデンエイジ(10歳~13歳ぐらい)の子供に将来を見据えた所の指導やスポーツの取り組み姿勢めいたことが提案されている。読み入った。特に第4章・第5章は何度も読み返した。珍しく、本に直接、蛍光ペンでマークした。本には絶対にそんなことをしないクラッチであるが、この本の内容に釘付けになった。

○伝統的な日本の価値観の中で「出る杭」として打たれないように振る舞いながらも、本当はもっと自己主張したいというジレンマに陥っている子供のすがた。

この文章にまさしく、今、自分が居る学校の体質であり、リーダーが育たない、本当に能力ある子がくすぶっている体質を強く感じた。どうすれば良いのか。畷北という組織の改革を示唆されるヒントになる様な気がした。

 ゴールデンエイジ(スポーツ機能が急激に発達する時期)になる頃の家庭やスポーツ組織の取り組み方の歪みが真の意味で、スポーツが文化として発展しえずにいる要因になっている。いま預かっている部員の年齢は15~17歳、何でゴールデンエイジが関係するんだよ。彼らの育ってきた過程に何かのつまづきを強く感じたからである。
何故積極的になれないのか。
何故自分の心の感情を素直に出せないのか。
好き勝手の心の感情の露出ではなく、心を揺さぶる正の感情を出せないのか。
どうも人目など、「出る杭」になりたがらない。目立つことを負とする感情が働く。
素直になれない原因を探る時に出合った本である。
一歩前に戻って、指導すれば彼らの心に響く言葉や指導方法が見つかるのではと思わせるほんとの出会いであった。
少し前の彼らの過去に戻って指導してみた。
上手く行かないのは、小中学校時代の挫折であった。
上手くいかなかったことを修復でいないままに年齢だけ成長していることに出合った。
九九を読めなくて、算数アレルギーになって、つまずいたままの生徒が大人の身体になっていく。そのことを知られたくないので見栄を張る。張った見栄が剥がれるのを恐れて、本当の自分を出せないままに生活する。でも不安なままである。益々見栄を張る。見栄を張れなくなるとキレるという状態で対応する。“キレる”と“びびる大人”がそこにいる。
それは面白いが本当にビビっているのは本人である。見栄を張る虚像の自分はいる。でも、ビビる大人を持てているうちに自分がわからなくなる。そして、年齢だけが大人になっていく。そこでもう一度、悩む。今度は自分が大人になった時に周辺の大人や年齢の下のものに相手にされなくなる。どうすれば良いのかますますわからなくなる。

でも、チャンスがある。大人になる直前にチャンスがある。
それが高校時代である。このチャンスを逃させたくないのである。
そのためにゴールデンエイジ時代にフィードバックさせる必要性に出合った。
それを指導者として自覚できる本に出合った。
自分が変われば、他人(部員)を変えることができる。
変えるのではない、彼らの持つ本来に姿に気づかせるチャンスなんである。
飛躍させられる材料を提供できるチャンスである。
諦めない。
心の扉をこじ開けて、チャンスを自覚させたい。

信じるか否かは、あなた次第である。
   

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