クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー266】《自主自立》   

【ある日のコーチング・カレンダー266】《自主自立》   

指導者が巣立てる自主性を考える。
自主自立。

チームを指導して10年ほど経過した時のこと。
バスケットボール部の顧問になり、強いチームを目指して指導を続けている。
けど、単に勝てばいいという指導を目指したわけではないのに。
出る釘は打たれる。時には抜いて捨てられる。
そんな時期もあった。

チームが求める真実を書き続けようと心がけている。
その真実とは「自主自立」である。
生徒・部員が自分自身で生きていく力を育てる事に徹している。
若者の身勝手な理由による自主自立を要求しているのではない。
それは好き勝手なものを意味するものではない。
一個人の身勝手な自主自立ではチームは成り立たない。
当然、其処には指導されるものと指導する者が存在する。
指導者の一方的な大きな力となり偏っていては「自主自立」は育たない。
けど、指導者の力が及ばない「自主自立」も有り得ないと心得ている。
教育の場である学校という組織が好き勝手を意味する「自主自立」では教育界、世の中は崩壊である。
ハチャメチャな考え方や指導法も教育であって、時には必要であるとも思っている。
「あんな先生大嫌い」でもそれに対する反応があれば、時には教育界では良しである。
そのおおらかさが世の中にあったはずである。
なぜならば、それに対応して行動のとれる人間は育つからである。
良くも悪くも反応し対応する事によって自己が育ったはずである。
自己の世界には入り、無反応な集団には成長は期待できない。
俗に言う自己の世界で生きるわがままな若者を世に送り出すだけである。

指導者の姿が見え隠れしながら、悪戦苦闘する若者が最終的に行くつく場所があれば、「自主自立」して成長する。
でも、指導者の姿が感じられない「自主自立」にはいささかなる疑問を感じる。
無理難題と称する課題の克服がないからである。
”好きなことだけをやる”ことを賞賛する行動には心の成長は余りない。むしろマイナス面がクローズアップされる。
我が儘、気儘な人間が大人になっていく。
成長させる為の課題を与えられない大人が多すぎる。
強い指導を要する課題を逃げささず、厭きささず、答えを求める指導方法を模索する。
指導者が勉強することが生徒・部員が成長することに繋がる。
だから、指導者の姿が感じられない「自主自立」はクラッチには考えづらい。

信じるか否かは、あなた次第である。   

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