クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー207】《体質の改善》 

【ある日のコーチング・カレンダー207】《体質の改善》

教育界の悩みは部活の悩み

ある時代の、ある学校の、ある日の職員室。

提出物のプリントを持って来た生徒。
「誰々先生おる」
「居られないな」
「何で居てへんねん。せっかく持って来てんのに」
「先生も用事あるから、仕方ないやろ。次の休み時間にもっといでや」
「うっとい。だるいわ。先生が誰々先生に渡しといてや」
「自分で渡しなさい」
「なんでやねん。渡してくれてもええやんけ」
「大事なプリントやから、自分で渡しなさい」
「未提出で俺の成績悪かったら、あんた(先生)のせいやで」
「馬鹿なこと言うなよ。自分のことやないか」
「ここに置いとくで」
とさっさと職員室を出て行く。

この子は運動部の生徒である。対応されている先生の問題として陰で我慢した。
そのプリントをがんと受け取りを拒否されて先生に拍手である。
そのプリントを持って、本人の所へ。当然、この子は真っ青である。同僚の先生同士でこの話が顧問の先生に伝わらないとでも思っているだろう。伝わることを知れば、この子は「チクリやがって」である。こんな子に限って、威厳のある先生の前では良い子ぶるのである。善良な教員はこの体質を許せるわけがない。この事件を自覚させるために部全体の取り組みとして、話し合わせた。一様表面上は、ほんの少し言葉使いの改善と無責任さは修まった。こんな簡単な話し合いで修まる訳がない。

それから3ヶ月ほどの月日が流れた。
同じような事は繰り返される。この子の点数は欠点だらけ、他の部員は、真剣に勉強に取り組んだ後がある。だから、成績不振者指導対象にはリストアップされていない。当然勉強したふりをしても、心からしていないので点数はとれない。家では学校で残されて勉強していると嘘をつき、部活の中では、みんな残って学習会を開いているのにみんなだと気が散ると言って、ささっと帰ってしまう。そして、どこかで遊んでいるのである。当然、2カ所での嘘のつけは回ってくる。勉強していないので定期考査が出来るわけはない。成績結果次第では、好きな部活動が出来ずに勉強会に回される。部の先生にばれないように体調不良などと言って通知票を持ってこない。しばらく練習を休んでほとぼりの冷めた頃、のうのうと部活動にやってくるのである。この子は成績不振リストが先生全員に回ってこないと思っているのだろう。
 
 3ヶ月前のことが学習されていないのである。先生同士で成績の話や授業態度のことなどがわからないと思っているのだろう。成績不振の子に成績不振を取り戻そうとさせようと練習時間を割いてでも勉強させる。3学期になって進級不可能になることが予測されるので、別メニューで勉強させた。課題に取り組ませた。ところが強制的に勉強させられることを「何で俺だけ、勉強で練習させてくれへんねん」と思っている。不満が渦巻いている。本当にうっとしい顔をするのである。不満の顔で心の中を読めないと思っているのである。やはり顧問の居ないところで勉強の世話をしている優しい先生に食ってかかっているのである。面倒みてもらっているという意識が全くないのである。

 好きなこと(部活)をさせないのは、先生である。特別メニューで勉強の世話をしてくれている先生に感謝の心を持つのが普通であるが恨むのである。この普通の意識が全くないのである。一生懸命に面倒みてくださり、夜遅くまで面倒みてくれる先生を恨み始めるのである。逆恨みするのである。「俺がプレイできないのは、先生のせいである」と心に強く身勝手にインプットするのである。するとこの子は世にも恐ろしい目をするのである。あまりのも反発の目をするので
「辞めてしまえばええやん」と言うとこんな子が必ず言う言葉がある。
「あんたにそんなこという権利があるか」とか、
「そんなこと教師が言っていいんか」とか、
「責任とれるんか」とかの脅しの言葉を吐くのである。

 この子が生きてきた15年ほど過程で得た処世術で、この子を取り巻く多くの大人がこの子ような体質の子供の言葉にひるんでしまっていたのだろう。だから、平気で困るだろうと思う言葉を吐くのである。ところがこんな子に限って。ひるまない大人に出会うと捨てセルフで逃げてしまうのである。大人もここで屈してしまっては、こんな子が氾濫するのである。世の中にそんな言葉ぐらいで屈しない大人や教師はいくらでもいることを思い知らせなくてはいけない。特に教育界と家庭である親が責任を持って、子供たちと戦ってほしいのである。育てる家庭で戦ってほしいのである。戦う厳しい体質でも心豊かな体質を創ることはできる。
 
 その子にとってプラスなことを考えて、厳しい姿勢を持つ大人に素直に学ぶ姿勢を持てる子供を育てなくては駄目である。この学ぶ姿勢の部分で素直じゃない子は、スポーツ界では上手くならない。信じる心を持てない子は成長しないである。だから、クラッチは遠回りであっても、この部分で勝負しているのである。子供たちの敵になろうとは思わない。けど、厳しさをぶつけると子供たちから敵にされてしまう。誰だって、恨まれたくないので、話のわかる大人ぶるのである。いい大人ぶることが子供を理解しているように思ってしまうのである。厳し指導をしていても、優しさを感じさせることはできる。ほん少しの時間は必要であるが必ず理解してくれる日が来る。クラッチはその理解してくれた日を幾度も観てきたから、すぐに出来なくとも我慢できる。解らせてみるというより、解る日が必ず来ると信じている。大人(指導者)の姿勢さえくずなさなければ、若者が解る日は必ず来る。

 現在の教育の抱える悩みは、今日のようなテーマである。教育界の悩みは、クラッチが指導するバスケットボール部の悩みである。日々話題は尽きることはないのは、指導者としての叫びである。一人前の大人に育ってくれよと願う指導者の叫びである。技術指導なんてちっぽけなことである。遠回りでも心の教育である。”心”の教育の原点は、信頼関係である。絆である。表面にある”瞳”とその奥にある”心”の輝きを求めて、放浪する日々である。

信じるか否かは、あなた次第である。
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