クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー199】《性悪説…。》  

【ある日のコーチング・カレンダー199】《性悪説…。》 

《性悪説》 指導原点を求めて。
性善説&性悪説。

人間の本性を語るときに必ず出てくる性善説&性悪説。
「どちらを指示しますか?」と問いかけられたら、性悪説支持者である。
それは何故、悪という言葉の響きをどのように捉えるである。
この世に生まれ出て、何の教育も及ばず(親の教育)そのまま育っては本能のままに生きていく。それでも年齢的な成人を迎え、法律的な大人になり、また、結婚して子供を作り、老いていくだろう。この状態を自分は”悪”と捉える。
子供が誕生して、この世に生を受ける。子供は実にかわいい。この子のためならばと多くの親は思うはず。このまま素直に育ってくれれば最高なんだけども、そう行かないのが子育てである。

子供かわいさ余って、子供を親がお人形さん扱いする。子供を親が友達扱いする。などなど子供中心に猫かわいがりをすることが愛情表現だとする親の心理状態。理解できなくもないがここに落とし穴があるような気がする。
子供の心は純粋だから、悪いことをしない。
子供は素直だから大人に逆らうことはない。
などと凄く善なる捉え方をする大人に遭遇すると非常に危険さを感じるのである。
幼い頃にこのような育て方で反抗期や思春期を迎えたときに、子供の親離れについて行けずに右往左往する大人の姿を想像すると幼い頃に子供はかわいいもの、子供はいつまでも親の言うこと聞くものと誤解が生じ、成長と共に自我に目覚めて、自己主張したときに「なんて生意気な子になってしまったんだ」嘆く親の姿が浮き彫りになる。

性悪説をとり、子供はワイルドなもの、言うことを聞かないものと言う捉え方で育てていくと確かに大人の言動・行動を気にする、特に親の言動、行動に左右される子供が育っていく可能性は大である。しかし、社会の中で生活する上で親に気を使う行動様式は、社会性育成の第一歩である。親にも気を使えない子がどうして他人とのコミにケーションが計れるというのか。子供の一生全てに親が口出しすると言うことを主張しているのではない。子供がある程度成長して自我に目覚めたときに大人扱いしてやる大人として大きさが必要である。それまでは厳しすぎるぐらいが丁度のような気がする。

子供を育てるためにとる性悪説を自分は支持している。
だから、教育が必要なのである。自然に立派な社会人になるわけがない。
部活動だって同じである。いくら有能な部員が入部してきても、指導させないまま上手くなるなんて考えられない。超一流のアスリートだってコーチの必要性・重要性を高く感じているのである。それは指導者がいなくては何も出来ないのではない。コーチや監督がゲームを支配するのではない。最後には選手・部員が自分たちの手でパフォーマンスできる下地を所謂指導者が提案しているのである。自分(選手)たちが最高のパフォーマンスできる環境を整備してやることこそ指導者の仕事である。

自分の力のなさを自覚する。だから、努力する。努力して上手くなって行く過程を自信につなげていく。それがトレーンイング効果であり、教育である。
指導原点を何処に置くかは、そのチームの育て方に大きく影響する。
性悪説という語源の響きをどうとらえるか。誤解させそうな響きではあるがクラッチの指導理念の原点である。

 色々な方針や育て方が存在する。
 それなりの論法があって、当然である。
 ただ、私の根底に流れているものは、自分としては無視できない。

信じるか否かは、あなた次第である。
                             
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