クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー186】《見える域Ⅱ》 

【ある日のコーチング・カレンダー186】《見える域Ⅱ》

柔らかさ&しなやかさ
 
 プレイの説明をしても、試合のかけひき的なことを説明していても、頭の中で想像して見えてくる領域が選手によって異なる。これも一つのスポーツをする能力なのである。発展的なことを考えることの出来ない選手の多さに指導の行き詰まりを感じる。最近の選手は、物事を一方的に流れる画像としてとらえているような気がしてならない。何にも考えずにテレビの画像を眼だけで追っているような視線を持つ姿の子が、自分の生活のいたるところで見られる。じっとテレビ画面を観ているので何か思うことがあるのかなぁと聞いてみると「ただ観ているだけ・・・」で終わりである。

教室の黒板に向かっているときでも、前で説明される先生は、テレビの画像と同じで漠然として見ているだけのである。画像としてとらえているので、いつどもスイッチは切れるのである。自分の都合で心のスイッチを切っているのである。眼は開いているし、黒板も観ているが考えていないのである。勝手に他人の画面のチャンネルを変えられたら、自分の身勝手な世界に映る映像を中止させると心に飛び込んでくる映像が鬱陶しくてたまらないのである。「うっとい」と心で呟き、反応すらできない冷めた若者が其処にいる。そのような若者が非常に多いような気がする。それがスポーツをしている若者にも乗り移り、自分だけのチャンネル画像を楽しむ現代の部活世代のような気がする。チームとして見えてくるものを楽しめない世代のような気がする。だから、こそ創造性豊かなチームつくりにかなりの困難が待ち構えているのである。若者が想像できる心の映像をどのようにキャッチするかが、これからの指導者の能力になるだろう。
 
 画像としてとらえているものが、どれだけ発展させてして自分の物事してとらえられるかである。多くの子は、真似事の映像や画像であり、何処かで見たもののなら、想像できる域にある。しかし、記憶にすら残らないものに対することを想像しなさいなんて要求しても、思い浮かべることは無理である。そのことを要求すること事態ナンセンスである。全てのことを映像としてとらえているのスイッチを切ってしまうと都合の良い自分の世界だけが残るだけである。

 その点、本を読んで考える習慣のある人は、発展してことを考える能力を培ってきているので簡単に心のスイッチをきることはないし、考えたり、想像したことを記憶しておくの能力と引き出す能力、更に発展することを考える能力が培えるような気がする。学習して考えて行動させるためには、見える領域を高めてやることが必要である。一つのプレイを教えるにも、答えは自分たちで考えさせて、行動させることで自分たちのプレイの幅を作ることができないだろうかと考えて指導している。少々時間が必要でも、手堅く、自分たちの力で試合を創って行く能力が身につく言葉や指導方法を模索する日々である。きっと良い画像をキャッチして、考える力や想像力豊かなプレイが展開できること信じて畷北で悪戦苦闘している。
 想像する画像や映像が限られた貧困なものならば、想像させる映像や画像を豊かなものを与えつづければ良い。そして、受像する映像を記憶させる能力を高めるしかない。その良い画像や映像を幅広くキャッチできる受像機(本人)を創ることである。

信じるか否かは、あなた次第である。
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