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クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー177】《殻を破る》 

【ある日のコーチング・カレンダー177】《殻を破る》

反論する勇気を持たせる。

殻を破る!
 殻を破る前に、殻に閉じこもる。
 殻とはポリシーである。
 自分の殻を持てるかである。
殻を破る前に殻を持てである。

妙な表現ですが、チームと向き合う時に必要な私には必要な殻(ポリシーの殻)でした。

自分の主張がない人に、飛躍のために殻を破って、「次の自分を発見しよう!」なんて言っても馬の耳に念仏である。ポリシーの殻を破る前に、ポリシーの殻に閉じこもる自分もOKでありたい。自分をしっかりと持てることを教えたい。殻に閉じこもると言う表現は、「自己中心な人になりなさい」ではない。孤立しなさいを意味するものではない。
 「自分はこういう人間です」とか、
 「自分はこういうことが出来ます」とか、
 「自分はこんな選手です」などをはっきり言えることを意味する。
 チームに馴染まず、自分だけの世界にひたることではない。チームに貢献する自分探しをして行く姿勢を意味する。自分にかぶせる殻をしっかり持って行動できる選手を育てたい。自分の殻を持った選手に、殻を破る刺激を与えるのが指導者としての仕事である。
殻を破る刺激とは、チームの一員として色んな殻をぶつけあって、チームとしての大きな殻を作ることである。この殻もつまづき、割られながら大きな大きな殻を作っていくことである。殻を破るには、やはり殻に閉じこもる作業が必要である。それがチームの方針である。大きな殻になるか、小さな殻になるかは本人次第である。器の大きな集団に育てるには、所属する一人一人が大きな殻を持つことである。殻を持つことは、わがままを意味するものではない。ポリシーという殻である。
 反抗すると、反論するは異なる。これを一緒に考えては、ダメである。「其処まで言うなら、何か他に言い分があるんだろ。言ってみろよ」で「自分はこう思います」は反抗でない。課題を与えられて、「こんなことやってれるか」ですねる、きれる、聴く耳を持たない、その場を離れるは反抗である。その課題が自分の成長のために与えられたものにもかかわらず、聴く耳を持たないことは反抗である。その課題が納得のいかないものならば、「それはおかしいです。自分はこう思います」は反論である。そして、「君の飛躍のために用意した課題が受け入れられないのなら仕方がない」と課題の意味を説明されたときに「解りました。やってみます」で初めて会話になる。これが殻を破るである。
 自分の殻を持たない者に限って、主張できない場合が多い。影でブツブツである。これをなくしたいのである。指導すると指導を受ける立場が異なる。このことははっきりと理解できた上で、自分の殻を持たせる必要性を多いに感じるのである。プレイをさせるのは好き勝手やらせては、チームは成り立たない。しかし、プレイすることは選手にしか出来ないパフォーマンスである。しっかりと自分を持たないとチームとして何をするか、一選手として何をするかを見失ってしまう。だから、しっかり自分の殻を持ちなさい。チームのために、いつでも破れる殻を持ちなさい。それを指導したい。

バスケットボールにおけるプレイは自己主張だと考えている。

自分のプレイを主張すればこそ、存在感が出てくる。その存在感という殻を持った者が殻を破り、チームでタッグを組んで相手チームにぶつかる。それが楽しいのである。みんな同じプレイをして何が面白い。相手チームからすれば、簡単にやっつけることが出来る個性なき集団となる可能性がある。一人一人が殻を破って、個性的集団(チーム)がやっていても、観ていても、取り組んでいても楽しいのである。これは私のコーチング感である。意見バラバラな主張を持ちながら、チームとして和を重んじる。そのアンバランスさがチームカラーとなる。そんなチームがあってもいいじゃないですか。

信じるか否かは、あなた次第である。

                     
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