クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー㉜】テールエンダーからの脱出!負け犬根性だけは、染み付かないように 

【ある日のコーチング・カレンダー㉜】テールエンダーからの脱出!負け犬根性だけは、染み付かないように。

バスケットボールの指導をしていて、年間全く勝てなかった時が2回ある。
前任高校での3年目と最後の学校転任の1年目である。
どちらも、悔しかった。
全ての人、物に当たり散らしていた。
悔しかった。本当に悔しかった。
あれだけ練習させたのに、勝たせてやれなかった。
悔しかった。

でも、1回目と2回目とは少し異なる。悔しさの感情が支配していた。
1回目の悔しさは、
悔しかっただけで対応策はなかった三流の指導者であった。
それに気づいていなかった。
自分流を貫こうとしていた。
その犠牲者は誰?
当然部員である。
「走るバスケを目指す!」と意気込んでいる若造コーチ倉田が其処にいた。

2回目は経験と分析力のあるコーチ倉田が存在していた。
2回目の敗戦は想定内である。

1回目のことを続けよう。
「走るバスケ(速攻)を目指す!」といって、練習メニューが3時間、
3レーンばかりじゃ勝てませんよね。
選手がそんな練習に疑問を待たないわけがない。
残った部員は体力のあるいつでも陸上駅伝チームに入れそうな奴ばかりが部員として残った。
その証拠に陸上部を上回る選手が何人も現れ、陸上部として試合に出たり、凄い体力からラグビー部の試合に出て、その後、一流大学でラガーマンとして大活躍した部員もいた。
「俺は他のクラブを支えるトレーナーかよ」とふてくされていた。
「バスケと他のクラブ、どっちをとるねん」と部員に迫った事も多々あった。

そんな状況にバスケの上手い子は、「そんなのバスケじゃない」とさっさと辞めていく。
当たり前の感情だ。
その当時を思い出すと恥ずかしい。
なんて、くだらない指導者なんだと悔やんだ。
転勤が決まり、転勤のご苦労さん会をしてくれた日に,
「本当にごめんなさい。未熟なコーチについてくれた部員がいたのに、
勝たせる事が出来なかったことを詫びます。」を惜別の言葉とした。
その時、無性に涙が出て止まらなかった。
何故か、そんな指導者に暖かい拍手をくれた前任校OBたちが其処にいた。
古株のOBから「次は失敗するなよ!」の激励の言葉が飛んだ。
大きな宴会場に再び大きな拍手が響いた。
涙の奧に誓った言葉「勝たせてやる」であった。
その先(転勤校)に凄い苦難が待ちかまえているとは、ほど知らず。

2回目のテールエンダー時期。
その年に公式戦では一度も勝てなかったけど、
”インターミューラル”と”ウインターキャンプイン天理”でこれ負ければテールエンダーの最下位決定戦に2度、勝利している。
「お前らは、勝つ可能性はある。それを証明したじゃないか」と励ましたことを思い出す。これを、この様に使えば、勝てる確率は高まる。
その一つに「走るバスケットボールとこのディフェンスがある。」
それをコート場で使うのが「それが君らである。」と理屈で迫った。
学力的には前任校とかなりの差がある学校への転校なのに、理論と理屈で迫った。
それが成功した。
罵倒しない。
手を出さない。
叱ることはするものの、それは上手くなるためにステップであることを強調した。
事実、この学校では手を挙げることはない。
人に危害を加えそうなことや社会的にやっちゃいけないことをやらん限り、
手を挙げることはない。

選手が出来ないことを解決する術を教えるのがコーチの力である。
頑張れば、自分たちの可能性が見えてくる指導をされている。
与えられたことを使って、
自分の力で仲間と一緒になって、
バスケの試合に勝つ努力をすることを楽しむのが「畷北のバスケ!」であると理屈で迫った。
それが学校維新の1年目であり、2回目のテールエンダーの年が10年前である。
転勤後の学校物語の始まりであった。

これから未来に全く勝てない年があるかもしれない。
でも、そのことを恐れてはいない。
そのことが頭をよぎれば、払拭させる術とこのチームは知っている。
勝ったときの喜びと負けたときの悔しさの両面が身体に染み込んでいるチームである。
勝ったときに何をすべきか?
負けたときに何をすべきか?
どちらにしろ、前向きに、具体的に行動できるチームである。
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でも、口では簡単に言うが苦難の日々が待ちかまえていた。
挫けそうな日々が待ちかまえていた。
たった一人の3年生と幽霊部員が待ちかまえていた。
その中で切れそうな日々に切れることのない日々を過ごした事が
テールエンダーの脱出方法であった。
何から初めて良いのやら、
でも、「これからやるしかないやろ」を見つける日々でった。
それが「バスケを楽しませる」であった。
楽しく、しんどいことをやる事であった。
だから、しんどいことが当たり前になった。
しんどいことを楽しめば、その先に良いことが待っていることを知った部員が残った。
良いこととは、頑張れば勝てるかも!と自分ら(部員)が思える事が練習できたから。
それが”テールエンダーからの脱出”である。

それがささやかな”栄光への架け橋”である。

信じるか否かはあなた次第である。


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