クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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【ある日のコーチング・カレンダー289】《メール「北の大地より」その2》 

【ある日のコーチング・カレンダー289】《メール「北の大地より」その2》

学校の現状を分析し
この現状でもやろうと集まった7人との葛藤の日々に実行できたこと。
①コンプレックスの排除すること。
・「駄目だ」「下手だ」ということは絶対に言わなかった。
・まずは簡単なことが出来た時に「誉める」ことにした。
・「出来るやん!」と拍手を贈る。だから、簡単なことを出来るまでやる。出来たら「誉める」、そして、新しいことをやる。また、出来たら「誉める」を繰り返した。みんなの前でオーバーな表現で「誉める」。時には携帯マイクでグランドや体育館に響きわたるようにする。指導者に照れがあっては、本人たちは本気にならない。
・普通のチームなら出来て当たり前のランニングシュートが出来た時にひょっとしたら「天才と違うん!」などオーバーな表現を使う。すると周囲が注目するし、本当にそうかなとまで思わせるまで言い続ける。「犬も誉めれば木に登る」方式を取り入れた。
・会話の「サンドイッチ方式」を採用する。「誉める」「注意する」再び「誉める」。強く注意したいことの前に聞く姿勢を持たせる為にまずは「誉める」。それから最も強調したいことをののしる言葉で言っても聞く姿勢があるから聞き入れる。そして、最後にもう一度「君にはやる能力がある」と誉める。
・コンプレックスを排除するには成功させるしかない。勝てる相手を選んでの練習試合を計画した。

②一流を見せることと一流に接する機会を与えたこと。
・JBLチームにチームのコートに来てもらった。
・そのチームのお世話でJBL観戦した。
・一流の人に機会あるごとにアドバイスをもらう為に挨拶に行かせた。部員と一緒に聞き、その後必ず、「チームがどうすれば一流になるれるか!」をわかりやすく具体的にまとめてコメントを付け加えた。そうしなければかけ離れたこ とで畷北の連中には受け入れることは出来なかった。一流と二流の違いは簡単なことをやり続けて成功したときに当たり前の顔を出来るか出来ないかであると言い続けた。自分のものにして成功させる力まで発展させるには簡単なことを繰り返し繰り返し練習するしかないことを強調させた。なぜあんなに速く速攻することが出来るんだろう?との質問に、それはリーディングの選手がフライングしているかだよ。リバンドを取るか取らないかをいち早く判断できれば畷北でも必ず出来るなどと説明した。
その判断を的確にするために単純な練習を繰り返して成功させることの大切を言い続けた。理解できるまでに半年以上かかった。理解できたのは平成8年度天理ウインターキャンプでやっと勝ち味を知ったからである。やはり、努力したことが成功という形で現れない限り、一流になる自覚は持てない。

→多くの有名選手、指導者等々の協力を得た。

・高校生トップ校の試合を多く観戦させたが、決死して、あのようなチームになれとは言わず、近い将来必ず決勝リーグや地区決勝の場に立つのだと意識付けた。

→観戦試合会場の観客席でアドバイスしながら部員と一緒に観た。

・DVD「勝利の旅立ち」「ルディ」「NBA」など一流になるためにどうすればいいのか?を映像で訴えた。
・観戦、観賞の後に「君なら、あの場面でどうする?」「あのようになるにはどうした行動をとればいいのか?」と必ず感想文を書かせることで一流になるための意識付けをした。

→「成功のピラミット」を利用して日記を書かせてメンタルトレーニン グに役立てた。
・「俺たちは必ず一流になる」だから、人真似では駄目である。説明の前必ず「畷北は・・・。」「チームが何々するには・・・・。」などと必ず「チーム&学校名」と入れて説明した。
・一流にするために一流のものを与える方針をとった。その為に出来る限りオリジナルグッツを与えた。

③頑張って続ければ必ず良いことはあると思わせ続けたこと。
・小さな成功に「やれば出来るやん!」とか「ナイス!」とコメントする。指導者のこの誉めの言葉に部員(選手)は一喜一憂することか、計り知れない。
・疲れから明るさかが無くなったチームにはバーベキューは最高のご褒美と次へのステップに役立つ。部員と食事することは大きな信頼関係を作る要因である。部員の中に頑張った後には必ずご褒美があるという意識を持たせることはチームを強くする要因の一つと考える。甘やかせるとは異なる感覚である。女工哀歌の「あめ」と「むち」とは異なる感情である。部員との信頼関係を作る為の方法で理解している。この学校&チームではこの方法が非常に効果的であったし、監督の方針を理解させるにはすごく早道であった。だから、4年程度で大阪の上位と近畿大会ベスト8を得ることが出来た。

④決して怒らなっかたこと。
・「注意する」と「叱る」とは違う。このチームを指導しだして、強い指導にでたことも」ある。練習試合で相手チーム審判を罵倒した時である。一生懸命自分たちの為に審判している人に「どこ見てんのや」の言葉は許せなかった。このような行為は手を出しても教えるべきだと理解している。しかし、チームでプレイの上手い下手では絶対に叱ったことはない。人を傷つける行為や言動には手を出してもやっちゃいけないのだということを教えるべきである。
・うまく行かない部員に何故出来ないかの分析を伝えるべきで、指導者は一人一人の部員に理解させる表現力や説得力の指導力を身につけるべきである。理解力の薄い小学生をコーチするミニバス指導経験は大いに活かせて役立った。

→小学生低学年あるグループに2つの班を作る為にかけるさせた通し番号で1.2.3・・・・と番号を言うことが出来ても、奇数と偶数の班に分かれなさいと言っても小学生低学年では分かれることは出来ない。それは何故か、奇数と偶数という言葉を小学生低学年では理解できないからである。バスケットを指導している時に難しい専門用語を並べて指導していることが結構多く、そして、言葉の意味すら理解できない部員(選手)に「何で出来ないんだ」と叱っているコーチは世の中に多く存在する。専門用語を多く知っていることを自慢する「シッタカブタ」のコーチだけには成りたくない。
ミニバスではこのことで大いに失敗したのでオリジナル用語を創造した。キャッチは「おにぎりマーク」、両足ジャンプは「カンガルージャンプ」、マンツーマンのピックアップは「ひっつき虫」など。
この経験が理解することが苦手な畷北の部員相手に役立った。どんなところでも一生懸命なクラッチの生き方が活かせた場面であった。

⑤部通信「勝利の日のため」の発刊
・チームの方向性と共通理解を創るために部通信を出した。ある時期に最も大切に考えさせたいことを帰宅させてからも考え続けさせたい意味をこめて書いた。
・この題名は、努力した結果を勝てる日希望を持ち、勝利した日に心から喜べるために部員たちの足跡を記録として残し考えさせたいと命名した。勝てぬ3年間にはなぜなんだと怒りをこめて発行した号もある。
辞めていく部員にやるせなくて綴った号もある。
初勝利を忘れぬ為に書いた号もある。
奇跡的な勝利に跳び上がりたい気持ちを表現した号もある。
チームの役割はどうすればいいのかを教えた号もある。
などなどと全47号、臨時号を含めると50号をこえる発行となった。振り返って読んでみると「どんなことをすればチームが成長するか」を考え直せる効果はあった。部員たちが色々なことを考えるきっかけになった。指導者としての「夢」を語り続けるに役立った。勝てぬ日が続くときに「夢を諦めるな!」と呼びかけてくれたのが「勝利の日のために」である。部員たちのためにというよりも指導者としての自分自身の励ましのために発行し続けていた。
・部創設から近畿大会ベスト8までの足跡。
・中学生リクルートに役立った。最初は何の誇れるもののなかった男子バスケット部でせめて誇れるのが「勝利の日のための」の部通信であった。この部通信を読んで畷北に来てくれた部員もいる。現在、ほんの少しだけ誇れる結果(近畿ベスト8・大阪府3位・西地区優勝)があるけども、やはり、自慢に出来るのはこの部通信である。
のちに「ステップ」として2代目を発行するに至っている。

⑥休日を作らない。部に来ることは「楽しい」だと意識付けのために。
・休みを与えてしまってはバイト、遊びの誘惑が待っている。そちらの方向に走ってしまっては二度とバスケットボールに目を向けることはない。顧問として少々しんどい日があっても休むわけにはいかなかった。 毎日来させてバスケットのコートに来ることが楽しいことなんだという意識を持たせるために楽しい練習をやり続けた。いわゆるじゃらじゃらした格好で現れても自分の意図反することだが我慢した。なぜなら、毎日来させてバスケットの楽しさを教えるのが目的であるので我慢した。本当に進んでコートに足を運びだし、日の当たる場所に出るようになれば、格好なんて直ぐに正せる。事実、だらしない格好が勝ち上がり少しずつ注目されだすと少しはきちんと出来るようになった。
・バスケットを楽しみだしたとたん勝つようになった。
・「楽しくやるメニュー」は決してゲラゲラと笑える楽しさでない。自分が成長していくことが自覚で来る楽しさを感じさせることが真の楽しさである。自分にとって得るものがあるかどうかが問題で、自分自身が「いき」に感じ始めたら、どんなしんどい練習も我慢するようになる。
・あきささないために練習メニューを豊富にする。メニューを与えた時に 何のためにする練習なのか、この練習は何に役立つのか、この練習は試合のどの部分の練習なのかなどを理解させた上でやらせる。その結果を必ず誉めてやること。それが毎日コートに足を運ばせる要因である。そして、オーバーワークにならないように少し早めに練習を終わる。
・明日もバスケットをやりたくなるように答えの先送りをする。「じゃ!この続きは明日」という終わり方が日常である。
・もう少しやりたいと感じる時間は最大2時間30分程度である。これ以上はマイナスである。
・チーム制約時間と個人練習時間のけじめを付ける。個人練習時間を作ることは大切であるがダラダラ長くすることはマイナスである。適度の所で止めさせる勇気が必要である。
・太く短くよりもインターハイ予選を目途に長く続けられるようにする。
・コートに来た限り「練習の機会均等の法則」を守る。ただし、練習試合や公式戦では機会均等という訳のはいかない。機会を均等にすることは出来る選手と出来ない選手を見極めるのには大切なことである。休日を無くする意味 は機会を均等にすることには時間が必要である。その日の時間を短くすることは、全ての部員に均等のチャンスを与えられ得なくなるので毎日練習して機会を作るしかない。
・俺は疎外されていると感じさせない為にもチャンスを与える。それには毎日練習するしか方法はない。
・休息を無視しているわけでない。次へのエキスを得るためには休養が必要である。休みは次へのステップとなる。しかし、チームでは部の休みを取ることは他に逃げる結果になる。だから、疲れを明日に残さない程度に練習を続ける必要がある。バスケットをするために学校に来ているがこの学校でバスケットボール部を維持させる条件である。勉強は後で付いてくる。この学校の一般の生徒たちは目的がないからおもしろくない、おもしろくないから学校に来ないという悪循環を繰り返している。学校がおもしろければ、来て勉強もするようになる。しかし、この学校の子の大半は行く場所がないから学校に来ている程度である。こんな生徒に理想論をぶつけている教員集団を相手にしないのは当たり前である。
・「ガッツポーズの原則」で今日良かった!また、明日やろう!の気持ちにさせるには、毎日のミーティングで何かを言わせる。何かとは絶対にマイナスの質問をしないこと。次に全てを否定する返答を言わないこと。この二点が明日へのエキスになる。ガッツポーズは今出来たことの自分に対するご褒美と自分で次のことに対する心の準備をする儀式である。 ミーティングは明日のためのガッツポーズである。

この分析と実践がその後、長く成果を出す結果となる。
学校は、チームは明らかに変わった。

信じるか否かは、あなた次第である。
            
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【ある日のコーチング・カレンダー288】《メール「北の大地より」その1》 

【ある日のコーチング・カレンダー288】《メール「北の大地より」その1》
  
改造大計画プロジェクトを共に考える。
ある時、北の大地(北海道)からの教育・部活などの相談を受けて

チームに提案してきたプロジェクトを考察してみた。

メールをいいただいた方の”北の大地に根付くプロジェクト計画”という響きに感動する。
指導者クラッチが目指す、小さな町に根付く勇気に共感する響きである。
”学校に誇れるものがない”現状に進学してくる多くの生徒たち。
自信がないのに若者のエネルギーだけが存在する。
15年間培われた自信のなさのはけ口を外に出す者、内に秘める者が同居する学校、それがチームの現実であった。
この学校で「全国を目指そうよ!」「頑張れるものを創造しようと」訴えても、馬の耳に念仏である。我関知せずで聴く耳を持とうともしない。その現実を突きつけられたときに教師として失望した。悲しかった。空しかった。
20数年教師生活で培って来たことが崩壊した瞬間であった。

辛く重い心を背負っていた駅からの商店街の道は辛く長いものであった。
涙したこともある。
理解されない訴えは空しかった。バスケットボールの指導を辞めたくなった。
葛藤「理解してもらおうと思う心を捨てろよ」
「何故、スポーツする心が理解できないんだ」
「理解されないのなら、辞めちゃえばいいじゃない」
揺れ動く心と葛藤する日が何日も続いた。

そんな時に”頸椎ねんざ”の大怪我、そして、左足小指の骨折である。
踏んだり蹴ったりである。
頸椎ねんざは跳び箱での示範(見本を見せる)での失敗である。
示範して失敗して立てなくなりかけている教師の異常がわからない生徒たち。
失望した。
でも、学校を休もうとしなかった。意地だけで通勤する。
悪いことは続くものである。頸椎ねんざで動きが鈍っている身体にふりかかった不幸。
はずれるはずのない体育館の扉がはずれて、左足小指を直撃。
病院に運ばる。

心底辞めたくなった。

そんな時に一人の生徒が
「こんなになっても頑張ってくれて有り難う」
と授業の終わりに言ってくれた。
救われた。
「休まなくって良かった」と心から思った。
もう一度、体育教師として、バスケットボールの指導者として頑張ろうと勇気が沸いてきた。この一言が今のクラッチを創った。この子の一言である。

この感情を具体化する必要があった。
この学校分析である。

北の大地に赴任する先生から届いた書き込みにこの学校の教師&指導者クラッチを振り返った。
自分の部屋から、こんな文章が出てきた。(「4年間の足跡」より)

”人が見向きもしないチームに「楽しさ」と「夢」を持たし続けて、頑張れば勝てるということを現実のものに出来たこと。”
創設当時の男子バスケットボール部
部員数:20人程度存在していた。ほとんどが幽霊部員であった。
実質たった一人。
意  識:最悪で何から指導して良いのかとまどい。涙した日があった。

男子バスケットボール部の現状。
①時間が守れない
②平気で練習をさぼる
③部員の多くが茶髪・ピアスであった。
④日常の練習をさぼるくせに練習試合や公式戦には出てくる。
⑤真面目に取り組むものを優先すると「さぼって、自分は上手いと思っているもの」がふてくさる。
⑥強いチームには全然駄目で逃げる。
⑦「自分たちのチームは弱いからやっていてもおもしろくない」と平気で言い、頑張って強くなろうなんて意識はみじんもない。学校全体がそのような雰囲気で真面目に頑張ることが馬鹿げていると思っている傾向が非常に強った。いわゆる三流意識が根付いた、どうにも成らないバスケットボール部と学校であった。
⑧部費を滞納するものが大半であった。そんなもの(部費)払えるかという意識が支配していた。
⑨意識が低い割には、自分が傷つけられるのを非常にいやがる。注意を受けるとふてる傾向が非常に強い。
⑩一生懸命に指導されることに慣れていないので必死に説明しても小馬鹿にして笑っている奴ばかりであった。直ぐに「俺は中学校の時レギュラーで上手かった」と主張する。訳も分からない指導者が来てコーチしても、好き勝手やることで俺たちは楽しんでいるから黙ってろという態度をとる。この連中を無視し続けると辞めるとも言わずに練習に来なくなる。しかし、本人はバスケット部だと思っている。たちが悪い。影で真面目にやっている部員を馬鹿にする傾向が強い。事実、陰口をたたく者たちよりも真面目に練習する連中の方が非常に能力は低かった。授業中の体育能力の高い生徒の方が上手であった。たぶん試合をすれば、授業選抜の生徒が勝ったかも知れないレベルの部であった。
⑪練習よりアルバイト優先の意識。
⑫先生の説明を寝ころんで聞くなんてことは日常茶飯事であった。
⑬しんどい練習が出来ない。個人練習が練習ぐらいにしか思っていなかった。いくら「楽しさ」「夢」を訴えても聞く耳なし。30分程度の練習でダウンする。
⑭3年生(M島)が一人で本当に能力の高い連中は部の意識の低さに辞めたらしい。このM島が良い子ではあったが学校のクラスでは相手にされていないレベルの子であった。しかし、この松島に将来救われる結果となる。
⑮ユニホームが何処にあるかもわからなくて、最初の公式戦には揃わないままで出場した。試合当日に全員揃わない。100点ゲームであった。次の日に出直してやろうとの呼びかけに7人程度コートに現れただけであった。

《メール「北の大地より」その2》に続く


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【ある日のコーチング・カレンダー287】《報告書》 

【ある日のコーチング・カレンダー287】《報告書》

世話人制度の導入。

高校男子バスケットボール部
新入部員報告書
  報告者(       )
☆ 聞いた内容を書いてください。
新入部員名(       )
出身中学 (       )
ポジション(      )
身長   (    )体重(      )
生年月日 (19   年  月  日)
☆ 話してみて、聞いたこと、感じたことを書いてください。
☆ 伝えた内容について書いてください。
チームの大目標(            )
中間目標(               )
クラブでの決め事
集合時間と開始時間
休むとき
返事
貴重品
学校生活について部で指導されていること
服装
授業
家庭での生活について部で指導されていること
食事
睡眠時間
帰宅時間

 報告書

上級生が世話する1年生の報告書である。
目的はコミュニケーションである。

相撲界では関取に”付き人”がいる。関取の世話係である。封建的であるが歴史が創った制度である。関取になれば、何もかも世話してくれる”付き人”がつく。これは日本人が創造した文化である。

私自身も日本体育大学時代に寮で経験した”付き人”制度である。上級生の付き人である。苦く辛い思い出もある。けど、その経験が人間的な成長につながった。いわゆる忍耐力がついた。

でも、少しの疑問が残った。

チームが今年、実施したのは、”世話人”制度である。下級生が上級生を世話するなんてことはスポーツ界では良くあるシステムである。それが良しとして続けられているクラブも存在するであろう。

”付き人”の逆をやってみようと実施しことがある。”世話人”制度である。上級生が下級生を面倒見ると言うものである。チームイズムの適当なことを伝えていては新入生が可愛そうである。指導者にしかられる結果もある。
たとえば、練習の集合場所や時間が下級生に伝わっていないとか、練習後遅くまで1年生が残る必要はないなどのクラブ内の決め事を誰がどのように伝えるのか。
キャプテンが2年生に「1年生を指導しておけ」では60名の大所帯では徹底できない。1年生が右往左往するだけである。結果としては言いやすいものだけに仕事が集中する傾向だけが残る。

そこでチームの目標などなどを的確に伝える目的で”世話人”制度を実施しみた。

入学して直ぐの右も左も判らない1年生に上級生がやっていた事を急にあれやれ、これやれではバスケット部に期待してきたことがつぶれてしまう。1年生を甘やかすのではない。早く部活動になれてほしいので、1年一人一人にお世話係をつけたのである。どうすれば、スムーズに活動できるかを考えた結果である。

上級生と1年生がマンツーマンで実施したミーティングの結果を報告させた。世話人の上級生が下級生にチームイズムをいかに伝えたかの報告書を書かせたのである。実施のあくる日に全員の報告書が届いた。
上級生一人一人が下級生に決めこまやかに伝えたことが左記の報告書に書かれて、コーチのもとに届いた。

予想以上の反響があった。
上級生と新入生との距離が一機に狭まった。下級生が上級生に積極的に話しているのである。「やらされている」感覚がなくなり、早く部のシステムを理解して馴染もうと下級生が努力し始めたのである。
責任感が芽生えた。
上級生の自覚が出来た。
下級生が明るくなった。
いい意味での緊張感も出来た。
それは責任という緊張感が出来た。
自分が世話した下級生がちゃんとできているかの責任感が出来た。
自分たちの居場所が出来たのである。

                                       
企業でよく使われる『報連相(ホウレンソウ)』報告・連絡・相談をチームで実践してみた。
効果的であった。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー286】《分裂の危機》 

【ある日のコーチング・カレンダー286】《分裂の危機》

真剣さが生んだもめごと。

分裂の危機。
結果、場が人を育てる。

ある時のチーム、
近畿大会直前の練習。
最後のメンバー選考も終わり、紅白戦のスパーリングを繰り返していた。
今度の近畿大会は太鼓の使用が許可されている。
紅白戦参加の20名以外は応援の練習となった。
いつも公式戦間じかに鳴り響く太鼓はモチベーションが高まる。
けど、久しぶりなのかのりが悪い。
ピロティ―で何にやら話し合っている様子である。
実際は口喧嘩していたようである。
だから一つになれなかったのである。
紅白戦途中で太鼓音もなくなった。

その日、学年別のミーティングがもたれた。
いつもなら、和気藹々の3年生なのに顔つきが違う。
その殺気めいたものを下級生は感じた。
各学年リーダーも真剣である。
コーチが立ち会おうとするが晴れるような雰囲気はない。
3年生の輪にオーラめいたものが漂う。
そっとしておくしかない。
分裂の危機

ミーティングが終了して、シューティングが始まる。
暗いムードが一掃していた。
不思議な光景であった。今までの畷北ならも”めごと”が尾を引く。
すっきりしているし、大人びて見える。
いつもとは違う真剣さが体育館の雰囲気を引き締めている。

この時から3年生をより大人扱いしようと決めた。

その日の全てのことが終了した時にキャプテンを呼んだ。
「どうした?」
「応援のことでもめたみたいで・・・?」
「それで解決したんか?」
「お互いに言いたいことをまずいって、皆で考えました。」
ここまで聞けば、成長した3年生を強く感じる。
「それでどうしたんや」
「いまさら、もめるなや。楽しく近畿大会行こうや。お互いの言い分聞いたし、一つになろうやと言いました。」
「それで納得したんか?」
「はい!」
「監督が出て行く必要はないな。任しておくで。」

以前のチームなら、喧嘩になるか、後々仲の悪さだけが残るような集団で辞めていくものもいた。
それが話し合いで解決しようとする大人の集団となった。嬉しい。
更に団結して、近畿大会の会場で応援パフォーマンスを繰り広げて、コートのプレイを後押ししてくれた。
そして、このチームらしい試合ができた。一体感を感じた。
ゲームに負けた悔しさは残るが成長を強く感じる3日間であった。

応援は部員の役割の一つと考える。
プレイするもの、
ベンチのいるもの、
マネージャーするもの、
水を準備するもの、
貴重品を管理するもの、
荷物番をするもの、
太鼓をたたくもの、
応援を指揮するもの、
メガホンで大声出すもの、
全ての会場での行動は部員としての役割である。
どれ一つかけてもこのチームらしさを表現することは出来ない。
自分の居場所で実行することを部全体で認める。それが畷北である。
この自分の居場所に誇りを持てない者は仲間として認められない。
でも、自分の居場所を必ず探して、チームに貢献してくれるのも畷北である。
一人一人誇りを持てるようになった。
これが、この場が人を育てたくれた結果である。

「何でこんなことせなあかんねん」とすねていても始まらない。
会場を見渡して見ればいい。
近畿大会レベルになれば、色々なチームものが自分の役割を嫌な顔一つせずに誇らしげに行動している。
自分たちのチームの太鼓を背負って歩いているじゃないか。
顔が輝いている。
チームのために一人一人が必死に動いている。

観客席で席を譲ってもらうために頭を下げてお願いしている各チームの部員の姿がある。
観客も心得たもので一試合終了ごとに譲り合う。実にさわやかである。
そして、観客も応援する各高校のパフォーマンスを楽しんでおられる。
これが高校生のエネルギーである。

各チームの苦労が見え隠れする場が観客席である。
この観客席に部員と一緒にいる時間が楽しい。
そして、そのチームの実力を見ることが出来る。
このチームでは、監督が観客席にいることを当たり前と考えている。
けど、監督がいることでテキパキと行動する時代を卒業し始めていることが嬉しい。
場が人を育てたくれた結果である

信じるか否かは、あなた次第である。
           

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【ある日のコーチング・カレンダー285】《分析・研究》 

【ある日のコーチング・カレンダー285】《分析・研究》

異種目の指導者から監督業を磨くためアテネオリンピック・サッカーU-23を分析する。
私の監督ノートに書き残していた文章、時を超えてまた読んでもらえればと思った。

分析・研究

分析研究001


 サッカーU-23アテネ五輪チームの活躍は日本中のスポーツ愛好者の心を揺さぶった。特にチームを預かる指揮官”山本”には鳥肌が立つ感動を覚えた。
監督業の勉強のために新聞記事からこのU-23を分析しようと考えた。『勝利の組織』というテーマで自分に課せて分析してみた。チーム創造のエキスとするためにクラッチなりに考察を試みた。その材料が①~⑫である。チーム育成の材料が多くの新聞記事、報道の中に色々なものが見え隠れしてきた。監督としての畷北での取り組み・改革にチャレンジの材料を探してみた。
①使われなかったカードの行方(SPORTS NAV.COMより)
②乾された大久保
③記者団の前で話せない平山。
④キャプテン鈴木の存在。
⑤6試合出続けた今野のひたむきさ。
⑥山本監督会見1より
 「こういう苦しい状況の中で、チームのきずなが深まり、一つになっていった。ぎりぎりの競争の中で助け合って成長していったのが印象的。競争しながら上を目指す姿勢  があれば、技術や体力は後からついてくると思う。心身ともに乗り越えられないと選手も口にしていた。それが財産かな。」-産経新聞より-
⑦山本監督会見2より
 「腸火禍は初めての経験だった。これからのことを考えると内科的なものや食事の管理などを万全をつくしたい。次に生かしていかないといけない課題である。」-産経新聞より-
⑧山本監督会見3より
 「自分たちで流れを作っていくような駆け引きが若い選手たちにはできなかった。うまさ、ずるさも必要である。年齢が上の人が入れば出来るかもしれないが、チーム全体の課題である。」-産経新聞より-
⑨ 落選し続けた那須の言葉。
⑩「理と情」魅力の指揮官山本監督 -読売新聞より-
⑪ 最後の最後に底力を結集できた選手層。
⑫かけ続けるプレッシャーディフェンスに見るオリエンタルパターン。
⑬『国立競技場にアテネへの切符が落ちている。それを拾いに行こう』の名台詞
⑭平山に専属シェフを就けることを命じる。


分析・研究1
①使われなかったカードの行方(SPORTS NAV.COMより)

オリンピック予選、最後の試合でU-23山本監督はメンバー交代のカードを最後まで切らなかった。
疲労困憊に変わるメンバーはいる。フレッシュなメンバーを投入の時はいくらでもあった。
なのに何故?
負ければ、出場できない瀬戸際での選択である。多くの評論家は負ければ、非難渦巻くことが予測させる。
その中での決断である。
それは何故か。それを分析してみたかった。

選手への信頼であり、自信である。弱音を吐かない選手の育成、ピッチでは選手の判断を優先させて、窮地に至りどたばたしない監督の腹のくくり方であると推測される。選手が好き勝手な判断ではなくて、何をすべきかの正しい判断を日頃から要求し続けた結果と思われる。ピッチサイドから指示は飛ばしていた。指揮官として当然である。
けど、刻々と変わる状況を肌で感じて対応するのはピッチに立つ選手である。
山本監督は自分の目や肌で感じ判断してプレイする選手に託したと予測される。
結果は国民全てが知るアテネへの切符である。

クラッチは試合において、余程のことがない限り、タイムアウトを取ろうとしない。
カードを切らなかった山本監督に、信じる心の大切さをを感じたのである。
信頼して託したといっても、それは奇麗事である。
内心は異なるハラハラドキドキも心境であったはずである。
それは終了の笛を聞いたとき、歓喜の監督を見ればうなずける。

バスケットボールの試合で第一クォーターでいきなり10点のリードを奪われる。あなたならどうする。
多くのベンチはタイムアウトの請求か、メンバー交代で相手チームのリズムを狂わして、得点差をこれ以上開かない工夫をする。それは常識である。
苦渋の選択を下す準備はしていたはず。
なのに切られなったカードとは?
興味津々な監督の選手操作術である。

試合中、クラッチはめったに動かない。
それは何故、慌ててタイムアウトの請求は、益々大変なことの駄目押しを巻き起こす結果になる。
「大変なことになってしまった」の心境は選手が最も知っていること。
この時のタイムアウトは益々相手のリズムに乗せる要因になりかねない。
だから日頃から我慢を教える。
すると相手が「何でこのままなの?」と思う時間帯がある。
それを待つ。そこが簡単に切らないジョーカーとなるのある。
先手必勝にも理はある。
けど、後の先という方法もある。相手に先にカードを切らせる。時にはジョーカーも切らせることだってある。
相手にこれ以上の出来があるとは思えない。
今、自分たちは最悪。当然、最高の出来が今の時点で勝っているのは当たり前である。
試合が終わった訳でもない。
一つ一つ返せば、相手が焦りだす時間帯がある。それが今直ぐかも知れないし、ゲーム終了寸前かも知れない。
最後に勝者になれば良い。

この考え方をこの春、浸透させるために遠征に出たのである。
頼れるのは自分たちの仲間だけ、コートに立っているメンバーだけが頼りである。
自分たちの出来の悪さ、力の違い、基準の異なるジャッジ、ハードな日程(1日フルゲーム3試合)、バス移動、昼食時間もままならないなどなど、さらに監督の厳しい要求との葛藤。勝てる条件はあまり見つけ出すことは出来ない。

最悪の条件でも勝利を目指して勝つことを目標に遠征に出た。
このイズムを浸透させるためにとんでもない要求を部員に突きつけた。
「そんことできるか?」とあからさまに顔に出した。
監督と部員のエンドレスの戦いが春の遠征先で繰り広げられた。

その結果、10勝1敗1き分けで終了した。
1敗(1点差負け)と1引き分けの内容が不満で仕方がない。
まだ、最後のカードは使っていない。それがどのように部員がとらえているかである。

指示待ち世代を自分たちで考えるサッカーを実践させた結果が使われなったカード(選 手交代)につながる。選手にすれば、「なぜ替えてくれなかったんだ」という感情より も、俺たちを信頼して最後まで使ってくれた」の感情を残す采配に徹した結果である。さらにベンチにいる交代要員も腐ることなく、応援し続ける姿勢を創造できた監督術を 学ぶべきである。
 
U-23山本監督の見える指導の部分から見えない部分のチームつくりをクラッチなりに置き換えて、チームを見つめなおす考察した。その①が使われなかったカードの行方である。

とは言っても、アクシデントに対する万全の準備はなされていたと推測されることが見ることが出来る。スタートメンバーが変化して、相手チームに対して最大限機能するスタイルを突きつけているのである。だから、予選全ての試合でもてる力を発揮できたのだと見ることが出来る。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー284】《合宿の風呂場》 

【ある日のコーチング・カレンダー284】《合宿の風呂場》

ある合宿で集団の成長の跡を見る。

合宿での取り組みの一つ
風呂場
合宿の風呂場001

 出発前にあまり合宿という取り組みに理解のない先生方から、「温泉で合宿ですか、良いですね。」とうらやましく言われた。
否定はしない。日本一のラジューム温泉で有名な温泉地である。
でも、言葉の響きからは、「合宿、ご苦労さんですね」の響きではない。温泉地に保養に行くような響きである。理解されていない。遊びに行くんじゃないのだからと思っても、世の中の一般の人からすれば、遊びの領域なんだろうな。仕方ない。毎年、合宿に成果を楽しげに語るクラッチに責任あり。

 食事は美味しいし、常時7面のコート使用可能、宿舎の環境最高、練習終了後直ちに風呂場直行、朝風呂、練習会場への送迎バスの徹底、氷の準備準備、お茶の世話などなど、高校生の合宿には最適な環境にある。
合宿の日々の疲れをとってくれる環境に満足している。この合宿地は年中行事のように受け入れてくださる。

 この施設を利用する当初、宿舎関係者はあまり乗り気ではなったような気がする。我々は満足しているが、提供する側は難色を示していた。それは使用方法に問題があった。真新しい施設に濡れた洗濯物を干すし、風呂場の脱衣場は水浸し、浴槽にはアンダーウエアーのまま飛び込むなどマナーの悪さが際立った。修学旅行並みに先生方の風呂当番、部屋の点検を連日実施して、就寝時間が深夜に及ぶ毎日であった。このままでは200名以上、時には300名近くのスポーツ選手を受け入れてもらえなくなる。真剣な協議した。引率教員、添乗業者、宿泊関係者、地元の方などとこの合宿の趣旨や方向性を模索した。施設利用の改善策を関係者一同で考えた。

改善を繰り返し、現在では使用優良者の一員になった。
少しオーバーな表現かも知れないがこの温泉地、夏場の風物詩となり受け入れられている。
野沢や菅平がラガーマンの夏の一大イベントとなっているような風情がここにはある。そんな場にしたい願望もある。

洗濯場では各校のマネージャーや下級生の社交の場に。
物干し場では盗難ゼロに。
風呂場でのトラブルゼロでほんの少しの忘れ物程度。
部屋の使用はくつろぎの場になる。
上半身裸で廊下を歩くものはなくなった。

特に際立ったのが風呂場の使用である。
いつ行ってもきれいのである。脱衣場は濡れていない。一般客からの苦情もない。貸切ではあるが風呂だけは外部からこられる。どうしたことなんだろうか。モラルが向上したんだろうか、指導がいきわたったのか、とにかくトラブルは限りなくゼロに近づいた。引率された先生の口々から、この指摘があった。良いことである。
言うまでもない、昼間の体育館は若きゲイジャーたちで熱気むんむんの戦いが繰り広げられている。ここでもレベルアップの場となっている。本来のバスケットボール技術向上、チーム力向上の場としての機能が発揮されだしている。

今年の合宿中に、「 先生のチーム子が風呂場の脱衣場を掃除していましたよ」と報告してくださった。
おもわず、「まさか?」と答えた。
自分の学校の子を美化しようとは思わないが、どうも本当のようである。
当然チームミーティングで報告した。
大切なお金を使って、バスケットボールをやりにきている。お金を払っているから傲慢な態度になるのではない。大切なお金を払って教育を受ける大切さを切実に訴えたことがある。だから、経験体験を大切にして、自分のものにしろとずいぶん言ってきた。その成果なのかと少し嬉しくなった。

井戸端ミーティングで「 先生のチームが成長しましたね」と言われたときに成長を感じた。
そして、この合宿に初参加の時を思い出した。
すべての注意や苦情を受ける対象がこのチームに集中したような時期でもあった。
何年かは、他のチームに迷惑をかけたくなくって、クラッチがすべての部員の行動に帯同したこともある。非常に心身のとも疲れた。もう一人の力ではどうにもならない。複数の指導者の必要性を痛感した。現在は3名~5名帯同している。自費参加をはじめとして、色々な人々の協力と支援で成り立っている。でも、このようなことも部員たちの成長で吹っ飛んでしまうことである。

過去には。
練習後、宿舎到着。宿舎前でのミーティング。
練習の反省会ではない。
宿舎に入るときに必ず挨拶すること。
Tシャツを必ず着ろ。
部屋に洗濯物を干すな。
食事当番は誰々。
風呂は何時までに入れ。風呂にタオルをつけるな。脱衣場に濡れたまま上がるな。
部屋の掃除をしろ。
などなどを注意である。30分以上ついやした日々を思い出す。他の学校の先生から練習や試合の反省会に映っていたようである。しかし、日々練習会場で変化して、(自己満足であるが)勝てるチームに少し少し変化していく姿にそのように映ったのであろうと推測する。どっこい中身は生活面のことばかりである。放置しておけば、自由奔放に振舞う 畷北たちである。「明るくて良いですね」の評価の裏には「もう少し指導しろよ」である。これだけ口やかましくしても世間の評価は、生活面では放置されているチームの位置付けである。

でも、年々見る眼も変わった。これも評価である。
ある程度勝ち始めている裏には、生活面の徹底がある。
強制されるものではなく、自覚されるべきものと時期を待った。
場が人を変えたのである。少し大きな大会に出る機会が増し成長した。
強制しなくとも大きな場での常連校のお手本がある。
まずは服装が変わった。きちんと着られるようになった。
時間を守れるようにもなった。部員自身が組織としての自信を感じて、芽生させてきたのだろう。
しかし、まだ、指導者の目が必要な域である。

でも、この温泉地の風呂場がチームを大きく成長させてくれた合宿であった。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー283】《負傷者》 

【ある日のコーチング・カレンダー283】《負傷者》

ある合宿、松葉杖での合宿参加。

負傷者の参加。

ある時期の合宿に松葉杖で参加した部員が居る。負傷したことは本人がショックで落ち込んでいた。
何故落ち込んだのか?
怪我をして、足首にギブスが巻かれたこと。それも要因の1つである。1年生で北斗星組(Aチーム)に入り、期待されている。
プレイ出来なくなったショック以上に落ち込む材料があった。
この合宿に参加できないことである。
50名以上の大所帯で移動する。1年生にとっては、ただでさえしんどい5日間である。
連日、体育館移動があり、チームとの共同、協調が要求される。
前日に発表される”組”で自分たちの居場所と仕事が確認される。
水分補給ボトル、クーラーボックス、所属組Tシャツの交換、洗濯当番、ボール当番、審判の確認、モップ係、食事当番、そして、自分自身の練習着などの用意がある。未体験の毎日で元気な者でも振り回される5日間である。

この合宿の5日間で1年生は大きく成長すると聞かされている。
だから、参加できないことは取り残されることになる。この部員が最も恐れていることは「今回の合宿は大阪に残りなさい」と告げられることである。非常に怪我したことを悔やんだ。
この怪我の原因は睡眠不足からと判明した。この事を監督からきつく叱られた。
夏の対策、食事と睡眠の事を指導された矢先の出来事でこの部員、そして、全員に再び忠告される事になった。
だから、当然合宿には参加できないと思いこんでいた。監督も不参加を告げるつもりでいた。

合宿前日に1年生のリーダー格の部員から申し出があった。
「怪我をしている○君を合宿に参加させてください。僕たちのユニットで面倒見ますから・・・」
自分のことで精一杯になるし、無理であると説明を受けた。
でも、この部員は引き下がらなかった。
「お願いします。迷惑はかけません」
この部員の目が真剣である。そして、ユニットを組んでいる部員も「お願いします」と頭を下げた。
「わかった」の監督の一言で了承された。
すると30分後に参加費を持って、母親が来られた。
「有り難うございます。ご迷惑になるとは思いますがよろしくお願いします」
許可した以上はこちらの責任である。
「わかりました。」と挨拶して、ユニットの部員たちの話をさせて頂いた。この部員たちの申し出がなかったら、参加させない主旨のことを伝えた。
非常に感謝されていた。怪我をした部員は人の好意の暖かさを身にしみて理解できた。この時点では参加できる喜びを感じたけども、合宿先ではさらに、そして、強烈に感謝せざるを得ない体験となった。

体験その1:移動の大変さを知る。
体験その2:特別メニューのトレーニングが用意されていた。
体験その3:1年生の役割に特別扱いはなかった。
体験その4:マネージャーの大変さを知る。
体験その5:人の優しさや絆の大切さを知る。
体験その6:怪我が起きる要因の1つに生活態度があることを知る。

合宿終了後、未だギブスはとれず。
でも体験、経験した事はこの部員を成長させたことは事実である。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー282】《普通の基準》 

【ある日のコーチング・カレンダー282】《普通の基準》

これが揺らぐと学校は乱れる。
チームは乱れる。

普通の基準。
”普通”という基準が学校やバスケットボール部で変化しだした。
”普通”という基準が適当であった学校やバスケットボール部で基準が確立されだした。

勤務していた学校では5月第3週に3年生就職志望生徒の進路説明会が行われている。
内容は就職試験対策である。
①挨拶の仕方。
②履歴賞の書き方。
③小論文の書き方。
④入室心得。
⑤声の出し方
等々を担当の先生が指導される。

 でも、受講している大部分の生徒は鬱陶しそうである。気持ちは、その日のアルバイトの時間や友達と遊ぶことなどが頭を支配して、先生の話を心地よく聞いていない。俗に言う学ぶ姿勢がない。
 クラッチはこのような生徒を黙っておれない。この日ではないが学ぶ姿勢のない学年集会で心底怒った事がある。でも、心に響かない。まずは聞かせる心から教育をしなければ、絵に描いた餅である。
 教師の義務感だけと上辺の伝達だけでは生徒の心は動かない。けど世の中にはいくら誠意を持ってしても聞き入れてくれない層の人間が存在することを教師は自覚しないといけない。其処を義務感だけで過ごしてしまうと益々聞く素直な心は芽生えない。ましてや聞く姿勢のある生徒の心まで腐り始める。これが最悪の環境を生み出す。
 
聞く姿勢、学ぶ姿勢のない子を無理して就職させても、直ぐ辞める。このことを学校という組織が繰り返していくと信用と言うことが遠のいていく。学校紹介で就職したのに1日や3日で辞めてしまう生徒が後を立たない。

そんなレベルの学校に就職依頼が来る訳がないだろうか。
でも先生方の誠意で何とか、聞く姿勢、学ぶ姿勢のない生徒を真面目に取り組むこと同じレベルで進路を確保してやろうと取り組む。

入室心得で”大きな声を”と指導してもふてくされる。
強く言うと「もうええわ」と放棄して帰ってしまう。
この現状の中で”普通”という基準を明記して育てるにはかなりの根気が必要になる。
聞く姿勢、学ぶ姿勢を教える続けることに挫けてしまう。義務感だけで指導が続けられる。
心が伴わない。
この現状に「大人(教員)を信用しろよ。」「アドバイスを聞いたら良いこともあるよ。」と普通の基準を確立させてやりたい。

クラブノートに
「今日、進路指導で挨拶の仕方や声の出し方を教えてもらいました。いつもバスケ部でコーチから”大きな声で返事しなさい”とか。”クラブノートをしんどいけど自分のためやから続けなさい”とか教えてもらっているので、今日の進路指導では助かりました。」
と書かれてあった。
普通の基準が確立された瞬間である。
コーチに「やってて、良かったやろ」と誉められた。
当たり前が当たり前でなかったこの学校の基準としての普通が大きく変わった瞬間である。

けど、根本は変わっていない。
進路の先生がこのこと関わって変化させた戦いの日々を知らないからである。
指導させた事に一生恨んでやるとまで言われたコーチと部員の戦いの日々を知らないからである。
この生徒が最初から大きな声を出し、態度の良い子であるから指導に乗っていると勘違いされているふしがある。
指導さてた日々あり、3年という月日の結果であること知って欲しい。
もし、部活動で得たこの子の財産を認めるなら、同じ基準で計らないで欲しい。
優遇しろと言うのでない。指導されて成長してきた生徒と指導に乗れない聞く姿勢、学ぶ姿勢の伴わない生徒と同レベルで扱うことが民主主義ではないことを知って欲しい。
この基準をごちゃ混ぜにされている事に大人(教師)不信に陥った生徒を世に送り出している。
ちゃんと出来ない子を普通という基準にされては、真面目な子は浮かばれない。真面目な子の行動が普通の基準である学校でありたい。社会であるべきである。何もかも一緒の平等精神では子供が成長しない結果を作っている。

曖昧な普通の基準を正し、挫けない教師集団が普通の基準を確立した。
全てを普通にしろと言うのではない。出来てもしない、やりもしない生徒を普通扱いするなよと言うことである。真面目にしっかりしている子はもの申さない。でも心の中で失望している。
普通の基準を明記してやれれば、学校、世の中は好転する。
この当時、教師であり、部活指導者クラッチはこの”普通”という言葉を多用する。
そして、この基準を確立しようとしている。

信じるか否かは、あなた次第である。
          

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【ある日のコーチング・カレンダー281】《不燃組》   

【ある日のコーチング・カレンダー281】《不燃組》  

ある合宿、意外な結果に考えさされる。

不燃組。

いっこうに燃え上がらない不燃タイプの部員。
このままでは蚊帳の外に追いやられる。
でも、コツコツと地道にプレイはする。
でも、試合中にコミュニケーション不足による盛り上がりに欠ける。

ここがチームとしての不満材料として残る。
一人一人話せば理解できている。チームの下働きも出来る。
だからこそ、脚光を浴びる場に引き上げた。
脚光って言ってもささやかなものである。
プレイタイムを少しでも増やしてやろうと思うだけである。
試合に使われないと言ってすねたりする部員ではない。
実に実に健気である。
でも、盛り上がりに欠けるのである。

そこで一度不燃タイプばかりでプレイさせてみる試みを提案した。
すると意外な結果が出てきた。
以心伝心とでもいうのか、静かにチームプレイが出来るのである。
そして、結果を出して来るのである。一瞬、これもありかと思ってしまった。
いやいや、やはり違う。
心に思うことを表現できない。だから、誤解を招く。
監督やコーチの話をしっかり聞いているけど、自己表現できない。
不燃組ながらバスケットボールを楽しんでいるんだろうけど、何か違う。
声を出して、連絡を取れをミーティングで確認している。
これではチームのコミュニケーションとしての”声(コール)”習得にはならない。

練習終了後のスタッフミーティングで有効で大きな声を出せない部員をどう指導するか、どう扱うかを話題にした。
声を出せない理由
①しんどくて息が上がり、声が出せない。
②声の出しどころが理解できない。
③性格上。
④何を、どのように、声にしたらいいのかが判らない。
⑤もしも失敗したら、叱られるんではと引っ込み思案になる。
など幾つかが上げられた。
技術に即した声の出し方を丁寧に指導することになった。2人のコーチが全体ミーティング終了後、ビデオを使って具体的な声の出し方を指導してくれた。大きな変化は望めなかったが少し進歩してきた。

声を発する効果はストレスの解消にもなる。
意志表現である。自分の意志を他人に伝えようとする心をもみ消してしてはストレスになる。
声を発して、自分の意志を伝える。そして、行動するパターンを身につけて欲しい。
コミュニケーション不足による不燃状態になることよりも、コミュニケーション不足による不仲になることの方が恐れる。
合宿は1つの居場所探しの為である。チーム内の居場所を見つけるために合宿するのである。
それがチームワークを創造する方法の1つである。
共通の目標に向かって、共通の方法でコミュニケーションを創造させる事でチーム一丸となってという絆が生まれてくる。
バスケットボールという競技スポーツの技術習得のために合宿を張った。
バスケットボールという競技スポーツは所詮人間が行うことである。
まして、集団で行うチームスポーツである。和の力無くして競技力向上は望めない。
個々の力を最大限に発揮させる場では、お互いを認めるという行為が必要である。
そのためにはコミュニケーションをとるための声は大切なアイテムである。

信じるか否かは、あなた次第である。


           

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【ある日のコーチング・カレンダー280】《燃え尽きる》  

【ある日のコーチング・カレンダー280】《燃え尽きる》 

若者を考える。
若者の燃え尽き症候群。                           

若者の”燃え尽き症候群”には、幾度も出会った。本人も苦しいけれども、周囲も大変である。スポーツ愛好者の中にも、”燃え症候”に陥る若者はけっこう居る。早い時期に競技スポーツと出会い、良き指導者に導かれ、順風で、ミニ、中学までは結構、やる気で来る。ところが高校で時間が止まったように、前に進めない子は存在する。時には中学校で燃え尽きてしまう子も結構いる。

年齢別により高いレベルに導くほど、日本のスポーツ界は、運営、組織など出来上がってはいない。現状では、高校教育の一環として、部活は自主運営という事で生徒自身の自主が重んじられる。そこに落とし穴がある。世の中が高校の部活に期待するほど、その年齢に応じたスポーツ指導者は多く存在しない。自主活動の領域なのである。

で も、高校生が自分で方向性を見つけられるほど大人への成長はしていない。自主性が成立するのは、一部の高校であるとの認識を持つべきである。ほとんどの高校生は”何をどうしたら良いのか”が理解できないまま、右往左往するだけなのである。右往左往するならましで、適度に汗を流して終わりの日々を過ごしている程度が高校のスポーツ界の現実である。
そして、低年齢から競技スポーツにであった子が、高校時代に、それを上回る指導者との出会いは多く期待できないのが現実である。高校生のエネルギーを満たせるほど整備されたスポーツ環境はない。高校の教師が手を抜いていることを意味するのもではない。教育界の部活への考え方が違うことが多いのである。教育の一環として、部活動を残していくならば、制度改革は必要である。単に社会体育にしてしまえとの整備では前には進まないだろう。

大人へ成長する過程で部活で強烈な指導力で”若者”を導いていくには、生徒自身にも、指導者にも、学校組織にも、家族にも、それなりの覚悟が必要と思われる。その全ての覚悟が1つになるなんて事はかなりの低い確率である。
一個人が一度かみ合わなくなった歯車をまわすのは至難の業である。元に戻すには時間がかかるし、本人が打ち込めるものと認識するものを見つけるまで待つしかないのが現状である。

少し古い言葉で、死語に成りつつあるといわれる”反抗期”。今の若者は反抗期なき世代と呼ばれている。最近の新聞紙上に発表されたアンケートに親子関係は”おおむね良好”と発表された。でも、子が親に対する妙な事件が多発している矛盾をどう説明するのか。ぶつかる関係を避ける親が、大人が「よし、よし」と子供の住みやすい居場所を提供して、精神的な成長を遂げない子供を育てている。

何かにぶつかりたいエネルギーが若さ、そのエネルギーのはけ口を大人は嫌いぶつかろうとしない。若者はぶつかってくれない大人に愛想を尽かして、何もしなくなる。何もしなくなることに大人は益々若者側に立とうする。親も子供も良い子ぶることが発端で”燃え尽きて”しまう。

部活だけでなく、人間関係なんてものは元々上手く行かないものの発想があれば、上手く行くためにどうすれば良いのかを学ばせる事からスタートすればいいのに、全て仲良くいくんだということを当たり前のように言うことが不自然と理解している。コミュニケーション不足を世の中に問うまえに、家庭での死語”反抗期”を見直す必要が迫られているのではないかと理解している。そのぶつかり合いこそが”心”の成長を生むのではないだろうか。

荒れることを推奨しているのではない。子供から大人に脱皮する過程を大人が拒否してどうなる。
この問題は、学校が抱える問題でもある。何が正しいかは、クラッチにも正解はない。でも、一所懸命に向き合う姿勢を持ち続けることは、おぼろげながら理解しているつもりである。

どのあたりの年齢にエネルギーを発散させるピークをもってくるか。生涯を通じて、燃える事のできるエネルギーを持続させるためにも、各年代、各スポーツ組織で熟考と整備が必要な時である。若者が若者らしく燃えるものを探せる環境を中学や高校の組織に根付かせたいものである。中体連や高体連など世界に誇れる組織を持ちながら機能しない、させない所に問題有りである。温故知新である。昔イズムの復活を現代風にアレンジして、若者を育てる層の親や大人に提言したい。
『反抗期を受け止めて、ぶつかりあえる事の大切さを』。
           
信じるか否かは、あなた次第である。 

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【ある日のコーチング・カレンダー279】《動いた負傷のキャプテンH》  

【ある日のコーチング・カレンダー279】《動いた負傷のキャプテンH》 

キャプテンの行動に息が止まるコート。

涙の3Pシュート その2

ある秋の体育館。
文化祭の準備でシートが引きつめられ、3連椅子がセットされている。
文化祭実行委員会の許可を得て、4時より練習を開始する。
この日は学校では練習できないので近くの高校体育館をお借りする予定であった。
でも、キャプテンの申し出で「俺たちの最後になるかもしれないので、自分たちのコートでやりたい」と言って来た。

練習始めのころにはクラスリハーサルがまだ続いていた。
邪魔にならないようにと配慮してくれたのは、クラスリハーサルの生徒たちであった。
そして、先生たちであった。
凄い集中の練習に先生方や一般生徒は凍り付いていた。
特に3年生部員の眼は鋭かった。下級生には入る余地はなった。
クラッチから「53分の1を自覚しろ!一人の怪我を一人で背負うな。
53人で分かち合え!」の言葉でサッと皆が動く。
そして、手首亀裂骨折のキャプテンHが動いた。
止めてもHは聞かなかった。
「やります!」の一言でテーピングが始まった。
クラッチが巻いた。
その間、皆は待った。
そして、コートに現れたときには大拍手である。
それを見ていたリハーサル中の生徒は再び仰天していた。
ゲームアップが始まった。最高の盛り上がりである。
飛び跳ねるHに続けと部員たちは続く。
なんて言うキャプテンだ。これほどキャプテンシーのあるプレイヤーを預かれて監督冥利に尽きる。

想定練習が始まる。
5分間のスパーリングである。
チャンスがキャプテンHに回る。部員全員が息を止めた。片手でボールキャッチ、そして、パスをする。チームプレイが成立する。今まで以上にスムーズな展開力が現実のものとなる。日頃、消極的な部員までがフォローする。心底、チームになったような気がする。
スパーリング終了、「今日はもうええやろ?」に。
「もう一本お願いします。」何かを掴みかけているんだろうと判断する。
骨折しているHが「何故、俺にパスしない」と怒っている。
「左手やったら打てる」言葉に皆呆れ顔である。

でも、心を鬼にして、「そんなことで試合が出来るか!」の檄が飛ぶ。
ふがいない下級生のプレイにコートに飛び出すクラッチである。
「そんな気持ちで明日出ると思うな。今日頑張った証がある奴だけを信じるしかないやろ」
この言葉に下級生にも遠慮と言うものは消えた。

後日考えるとこの日が最後の練習になった。
”最終日(決勝戦)のコートに居よう”は現実にならなかった。
でも敗戦の理由を”Hの骨折”とはしない。部員はそのことを良く知っている。
いい訳はいらない。それも実力である。

           
信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー278】《伝達ゲーム》 

【ある日のコーチング・カレンダー278】《伝達ゲーム》

伝達力のためのミーティング。
伝達ミーティング

ある年度度春。部員数が50名越えて60名近くになる。
喜ばしいことである。
しかし、危惧することがある組織の伝達力である。
これだけの大所帯になると監督・コーチ・キャプッテン・マネージャーの意思がどれだけ全員に伝わるかは疑問である。日頃のこのチームが存在する学校の生活からは”話”が全員に伝わることは奇跡的である。

授業で聞いた振りをしているだけで、何かを始めると教室のあっちこっちで聞こえてくる言葉、「なにすんのん?」である。「今言ったやろ!」も馬の耳に念仏である。「何怒ってんのん」がトラブルを生む。この現実から60人全員に、確実に物事が伝わるとは思っていない。しかし、伝えなくては組織に維持管理は出来ない。

そこでいつも伝達ゲームをする。
クラスレクレーションなどで良くする遊びである。グループに言葉を伝えて、最初の言葉が最後の人に正確に伝えることが出来るかのゲームを応用して伝達ゲームをする。

応用。
コーチがキャプテンを呼ぶ。そして、作戦版に図を書き、「この練習をしろ!」と伝える。
キャプテンがグループリーダーに伝える。
グループリーダーはグループの部員に伝える。
そして、練習(プレイ)をする。
監督が確認する。
部全体の徹底度を測る。
チームの”金太郎飴方式”の始まりである。
伝える責任の重要さをトレーニングする。出来なかったら、各セクッションリーダーの責任となる。

新学期始ってすぐの頃。
この伝達ゲームが行われた。
始めに各学年ミーティングを実施する。
内容は3年「最後の誓いとまとまり」、2年「チーム貢献」、1年「自己紹介」である。
この内容は各学年リーダーが考えたことである。
次に2年生の部員数にあわせて、各学年が1名以上いる13グループを編成する。
テーマ「各学年ミーティング内容の報告」
そこで学年ミーティングの内容を一人一人が正確に伝える。
その趣旨は『責任』である。
伝達ゲーム002
伝達ゲーム001

新入生の入部と共に発足した『世話人制度』がある。
1年生にこの部の考え方やチーム内ルールを上級生が伝えて世話する制度である。
その時に各自の報告書がある。1週間経過した日にコーチに提出された。
自己責任のもとに伝えた内容が報告された。実にきめ細かく報告書が作成されていた。
この報告書の内容が好き勝手のことであれば、伝達ゲームは大失敗である。
その内容については学年ミーティングが実施されているはずである。
自己責任のもと、的確に伝達されているかチャックされた。合格である。
今度は伝えられた1年生が試される場である。これには少し時間をおく。
今1年生に力を注げる時期でないので、『世話人』たちに委託しておく。

結果は夏休みぐらいに出てくるだろうと予測していたが、この日に早々と出ている。
自分たちで考える学年ミーティングが実施し、報告する時がきた。1年生は物応じせずに上級生が混じるグループで発言している。実に楽しそうである。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー277】《徹底する力》 

【ある日のコーチング・カレンダー277】《徹底する力》

やれば出来る達成感を共有させたい。
徹底させる。
6月のインターハイ予選順位戦を前にチームに課題を与えた。

『走る』という技術を部員一人一人が自覚して、
精神的にくたばらない強い『心』を持って、
具体的に目に見える『結果』を求めて、
チームメイトを信頼して『協力』の精神で、
目標を『達成』するまでやる。
出来ないときには、出来るまで待つ『忍耐力』で2日間を過ごした。

チームが最も得意とする『走る』バスケットボール。
チームが求める『走る』とは単に走り続けることを意味しない。
『走る』=『連続性を意味する』
何故走るのか?
それには意味がある。
簡単で確率の高いシュートを求めて、ゴール近くまで『走る』。
そして、ノーマークの可能性を探し出す。其処に『連続性』が必要になる。
二日間、アウトナンバーされたノーマーカーを探すための考え方を徹底させた。
100%に近い確率で打てるシューターを探す為の練習に終始した。

上手くいかないと感情をあらわにする部員に仲間意識を徹底させた。
自分が上手くいかないのは仲間が悪いとまで思う感情にまで追い込んだ。
失敗は他人のせいではないことを教え込むために色々な方法と手段を使った。
一つの練習を終えるまでに4時間30分近くの時間が必要であった。

ボールを持つ練習までに3時間、ボールを使って4時間30分の時間を有した。
3人一組でボールを持たずに、且つ飽きさせずに3時間を楽しく、厳しく、成果の出る持たせるメニューを考えた。
横で指導されていたバレー部の先生が練習を止めてじっと見ておられた。
「すごい練習ですね」と言われた。
午後のバレーボール部のコートでアレンジされた練習が始まった。
真似である。楽しいそうである。これが練習のみそである。ボールを使わずにバレーボールをやっている。
不思議な光景である。

3人一組で仲間つくりをした。
はみ出る者がでた。
叱られた。
54名で18組できる。
「割り切れる人数なのに、はみ出る子が居るなんておかしいやろ」「気の合う者だけの仲良さんグループでしかバスケットをやっているかだよ。」と叱られた。
「あいつが嫌いだとか、ええとか言っている間は本物のチームワークなんて、嘘っぱちだよ」と何度も叱られた。
一回のプレイごとに3人一組の相手を変化させた。
そして、必ず結果が出るまでやらせた。
すると相手は誰でも良いことが理解出来だした。
要するにお互いに『協力』する気持ちが有るか否かである。

『協力』の為の意志の伝達を練習した。
モーションオフェンスのサインの話をした。
無言でのプレイに合わせについて話した。
3年生は直ぐに理解できた。下級生はあわせのプレイがいとも簡単に出来ることに目を丸くした。

自分の意志を伝えるには3つの方法をチームは用意している。
①声(コール)②目(アイコンタクト)③サイン(ボディアクション)
この3点を3人一組でボールを使わずに練習した。
単調な練習なのに楽しめた。そして、誰もが出来た。
『達成感』が出来た。協力は誰でも出来る技術であることを学んだ。

3人一組の輪を54名全員に求めた。
ある県の強豪校の話をした。
学生帽にジャージで革靴を履いて、2列縦隊で東京の街を集団で行動していた話をした。
そのまま真似しろと言ったのではない。
『心』を一つにする手段として、チームのあり方の例としてとして話した。
そのことを理解させて、その場足踏みで全員の足音が一つになることを要求した。
意志の伝達に4つ目を加えた。
『気』を加えた。『心を一つ』するには気が必要である話をした。
54名全員の足音が一つになった。
拍手が起きた。

午後からの練習のグルーピングは13人一組である。
メンバーの好き嫌いは言えない。
そして、練習が始まった。
テーマは『協力』である。
協力することと自分の力を信じることが要求される練習をした。
たかだか3分間で70本のシュートを決める練習である。
ボールは5つ。3メン速攻とミドルシュートを組み合わせた練習方法である。
バスケットボールが少し出来る子なら馬鹿にしそうな練習方法である。
ところが出来ない。3分間で70本シュートを決めることが出来ない
リピートが命じられる。出来るまでグループの交代はない。
この日最大50分連続でこの練習をしていたグループがいた。
どのグループも一回では終わらない。何度もやり直していた。
時間が経過するとシュートミスする子に非難が集中し始めた。
監督に叱られた。
「ノーミスの者、手を挙げろ」
「100%成功していないのに他人を避難するな」と酷く叱られた。

そこでメンバーを組み替えた。
やはり出来ない。

また、メンバーを組み替えた。
また出来ない。

相談させた。
第1グループ=シュートの成功率の高い者だけ。
第2グループ=よく失敗する者だけ。
第3、4=普通に出来るものだけ。
やはり監督の要求する事が出来ない。
メンバーじゃないことを思い知る。
『協力』 とは仲間を信じる心であることを監督から言われる。
各グループで目標本数を自発的に設定させた。
自己責任のもとに監督に申し出た本数にチャレンジした。
各グループ共通の認識で練習が再開された。
倒れそうな子も出てきた。監督はコーチにその子をコートの外に出すように命じた。
でも、その子は止めなかった。
するとその直後、目標が達成された。
13名でなく、54名が一つになって喜び合った。
隣のコートのバレー部がうらやましいそうに見ていた。
人に見せるためでない。自分たちの成就感のために出来上がった歓喜である。

信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー276】《台風災害に学ぶ》  

【ある日のコーチング・カレンダー276】《台風災害に学ぶ》 

あきらめちゃいけない。
季節外れの話題ですが
2004年10月27日台風23号に思うこと。

 部活動で「まだ間に合う」「今がチャンス」「やって見なきゃわからない」を教訓に心がけようと”今日の一言に”書き残したのがある時期の秋、台風災害の記事である。

少し過去の 2004年10月27日 読売新聞朝刊に『乗客救った幸運と機転 舞鶴の水没バス』の記事が載せられていた。
 その幸運の要因とは・・・?
 ①脱出ロープ作り3つのハサミ
 ②息子さんに贈られた滑り止め新品の運動靴
 ③37人体重合わせて2トン
この要因に支えられた1%程度のチャンスしかないラッキーをものした人たちの必死に生き抜こうとした乗客らの知恵だったと報道された。
キッパリ001

  ”キッパリ”というベストセラー本に書いてあった「遅い」「今さら」「どうせ」は禁句で、
「まだ間に合う」「今がチャンス」「やって見なきゃわからない」の精神で毎日を過ごしたいもだという言葉が心にぐさっとくるものがあり”今日の一言”に使わせてもらった。この気持ちで何事にもチャレンジしよう!何事にも諦める気持ちを持つな!など自己啓発に心がける自分でありたいし、部員にも要求しようと何をどうすればと考えていた。

 其処にこの記事である。
 最悪の条件でも諦めることなく、幸運を引き寄せるアイテムを創造できる冷静さ。
 それは何処から生まれる発想なのか?
 日々の生活である。
 助かろうと水没するバスから必死で逃れようとしたときにバスのカーテンを裂いて命綱を作る発想。でも、カーテンを素手できるには力が出ない状況で、ふと日頃の習慣として持ち歩いていた携帯ハサミがポケットに。なぜ、携帯ハサミがポケットにあるのか?これはこの方が旅行好きで駅弁などの紐をほどく時に使うために持ち歩いているという。このことが今回遭遇したことに役だったのである。

 そして、脱出に成功した方の一人が日頃、革靴なのにこの日に限って、滑り止めの運動靴をプレゼントされて初めて履いた日に、この災害と遭遇する。ふだんの靴ならバスの屋根では滑り、他の人を救出することは出来なかったという。息子にプレゼントされた幸運を生かして、命を救われた幸運と屋根に上り必死で行動された勇気が素晴らしい。幸運を引き寄せる自己判断の勝利である。

 脱出できても、バスが流される危険を回避できたのではない。その最後の幸運とは。37人の体重が水の勢いから流されることのない幸運。そして、暗い中で恐怖と戦いなから、全員で励ましながら、歌を大声で歌いながらの集団の和こそが奇跡をうんだのだろう。同じ昔の職場の戦士である。あえて、戦士という言葉を使う。日本の社会に根付いた運命共同体の精神が生んだ奇跡ではないかと考えさされた。

 転勤して、チーム創り間もなしの頃、昔イズムを持ち込んだ指導者クラッチ。
 昔はこんなに良かった。昔は集団を大切にした。昔は情の世界を大切にした。昔の人は恩を大切にした。
 などなど、言葉には昔という言葉は使わなかったけどイズムは、昔である。
 失われつつあるこのイズムの復権はこの学校にはマッチした。
 それを”心”という文字で表現したバスケットボール部である。
 どんな世の中になっても情の世界は生きている。

やはり、集団の中の自分ということを世の中が見直す必要性がある。
個人の自由を尊重するあまりに、集団の輪での個人がないがしろになりがちな現代である。
個人から集団の和は生まれていない。其処に現代人は違和感とストレスを感じているのではないだろうか。
年齢の低い時期から、集団の中での個人の行き場をあり方、居場所教育をすべきではと思う今日この頃である。

信じるか否かは、あなた次第である。

              

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【ある日のコーチング・カレンダー275】《卒業式の涙編》   

【ある日のコーチング・カレンダー275】《卒業式の涙編》  

ある時期の卒業式でのハプニング裏話。
卒業式涙編001

卒業式の日に3度泣かされた教師&指導者クラッチ。

 ”閉式の辞”直前のハプニング『ありがとう、さようなら』の大合唱。
 3年1組教室での別れの歌『贈る言葉』合唱時の号泣する生徒達。
 「辞めるなよ。3年間頑張れ。クラッチを信じろ。」、そして卒業生が後輩に「クラッチを全国に連れて行け」涙で別れた体育館。

 その感動が若干冷めて、現実との戦う日々が始まる。そして、20日間が過ぎた。卒業生も、現役も、教職員も新たなる日々に悪戦苦闘している。
 そんなこんなで過ごしていた3月13日”PTA離散会”が行われた。余り気が向かなかったが3年間のお礼をと出席した。

 そのPTAの席で卒業生の保護者Tさんと3年間を振り返って話が弾んだ。
クラッチ「入学式覚えておられますか?」
T さん「ごめんなさい。うちの子、4年やってますので。」
「そうでしたね。すいません。」
「けど、先生のことは娘から聞いていますので遠慮なさらないでください。」
「その入学式で3年後の卒業式で一緒に泣きませんかと約束したんですよ」 

それから3年、約束は守られた話をした。その話の”閉式の辞”直前のハプニング『ありがとう、さようなら』の大合唱は、娘さんから3年1組クラッチクラスが仕組んだことだと事実を聞かされて、びっくり。

T さん「倉田先生が一瞬駄目と言われるようで知っている自分としてはびくびくしていたんですよ。その時、先生がOKを出されたときに感激し鳥肌が立ちましたよ。」
クラッチ「小柳が手を合わしてるのが見えたんですよ。眼が真剣であったことに心が動いたんですよ。」
その時の感動を共有できた卒業式の話で大いに盛り上がると共に4度目の涙となった。PTA会長が会冒頭の挨拶で「19期生の結束の固さに感動・・・・。」はこの事を意味していたんだと教師冥利に尽きる感動を再び頂くことになった。

 Tさんの娘さんが留年で荒れたこと、その荒れがM先生やT先生に励ましで徐々に落ち着き、卒業した喜びを涙で語られました。妹と同時の卒業式。学校が異なるのでご夫婦でお父さんは妹さんの学校に、お母さんは、本人の卒業式へと一家で卒業を祝えた喜びをしみじみと語られた。4年間の娘との戦いに疲れきったこともあったと涙で語られました。でも、その時に逃げなかったことが今日の日があるとも語られました。19期生の結束と家族愛に感動して、涙、なみだの宴会と相成った。

 Tさんの娘さんの荒れがおさまり、クラス代表で卒業証書をもらったことは母親として最高の喜びでしたと語られました。卒業後、福祉関係の専門学校に進学、将来は介護の仕事に就きたいとも語られました。このことも畷北での総合的学習のお陰だとも語られました。そう言えば、クラッチが付き添って、一日研修で有料老人ホームにお世話になったことを思い出した。クラッチもなかなかやるやん!と自己満足な喜びをかみしめていた。

 この話の中でTさんが急に大粒の涙を流され黙られた。「大丈夫ですか?」と声をかけると「先生、あの娘が4年間有難うとお礼を言ってくれたことを思い出して、ついついすみません。」
 けど、Tさんの涙が途切れることがなかったので、まだ何かあるなとった感じた。
 すると。
 卒業式の日に「お父さん、お母さん、4年間有難うございました」とご夫婦にアルバイトでコツコツと貯めたお金で旅行券をプレゼントしてくれたことを語られました。これには卒業関係で5度目のクラッチの涙となった。
 正直、感動した。

クラッチ教師編

信じるか否かは、あなた次第である。



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【ある日のコーチング・カレンダー274】《戦法構築》 

【ある日のコーチング・カレンダー274】《戦法構築》

このチームのテーマは更なる走りである。

走る戦法001

チームテーマは「走る」である。
指導者クラッチがチームを紹介する全10巻のビデオの題名も「走るバスケットボール」である。
この年のチームはシンプルすぎるぐらいシンプルに「走る」だけで戦って来た。
相手チームには観察しやすいチームであったに違いない。
でも、「走る」にこだわった。
こんなに理解しやすい方法はない。

しかし、選手は知っている。
シンプルだからこそ、やり続ける大変さを。
シンプルだからこそ、役割の徹底が如何に重要性を。
シンプルの大切さを思い知った1年でもあった。
諦めず走り続けて、頑張れば勝つ味を知った。

体力だけのチームと評価された。
悔しかった。
やり続ける大変さを知っている畷北の部員たちにはこの言葉が一番悔しい一言である。
でも、自分たちを信じてやり続けようと決めた。
原点は「しんどいことを楽しもう!」である。
シンプルだから、あきる。
チームとしての自覚とあきない工夫が必要となる。

やり続けることの大切さを知ったから、新たなことが色々創造できた。工夫した。
練習試合ではそんなに差を感じられなかったのに
4Qのゲームをすると「走り」の差が出ることを知った。
今、僅差で競っていても良い。
時に負けていても良い。
相手の息を感じろといつも監督に言われ続けた。
しんどさを感じるのは脳みそである。
克服しろや超越しろなって言わない。
しんどさを楽しめである。その方法を模索した。

すると頑張って走り続ければ、きっと大きな差となって、後のクォーターで出てくることを知った。
それを自覚できた頃から、練習の後半でやたら頑張る選手の姿を確認することが出来た。チームらしく勝ち味を出せる我慢を覚えたのである。

更に「走り」に磨きをかけよう!がこの夏のテーマである。
極暑の夏である。
どれだけ走れるかな。
バテる様子は今のところない。不思議なチームである。
「走り」を楽しんでいるように監督の目には映る。
「走り」のこだわりと工夫が始まった。
この一週間に出遅れるとベンチは遠のく一方である。
必死である。この必死さが向上心につながる。

信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー273】《受け入れられない精神構造》  

【ある日のコーチング・カレンダー273】《受け入れられない精神構造》   

受け入れられない素直さを考える。

ある合宿での取り組み

精神構造。

自分だけが不幸を背負っているなどマイナスの要因が支配している人間は結構多い。
「自分は認めてもらえない」と思いこんでいる。
「こんなに努力しているのに」と自己評価をするけども、「試合に使ってももらえない」。
それは「自分は悪くない」と信じ切っている。
こんな部員に心を開かせるには時間と根気が必要である。
このような意識の子にもチャンスを与える。
でも、結果がなかなか出ない。
本当に努力をしているのか、そっと朝練などこの子を観察してみる。
すると自分の出来ることを適度に練習はしている。
でも、そこから先がない。
チームシステムの中で自分を活かせる方法を模索しなさい。これがテーマなのに自分のプレイだけに酔いしれる。
でも、チャンスを与える。
たまたま出来た様なプレイにガッツポーズで飛び上がっている。
でも、周囲は冷めている。その雰囲気が読めないのである。
コーチから「そのプレイはあかんで」と説明を受けると顔色を変える。
自分を否定されたとふてくされる。
自分のプレイでチームが一気に崩れることが理解できない。
こんな選手に限って苦しいときに手を抜く。
だから、チームメイトから信頼を亡くしていることが理解できない。
自己中心的な選手である。

こんな精神構造の部員を修正するに絶好の場所が合宿である。
24時間態勢をチームイズムで行動する。
集団の中の自分を問いかけられる5日間である。
自己中心的な行動は許されない。
プレイ上でわがままな選手は、宿舎で部員としての行動も自分中心であることが多い。
時間を守ることは集団生活の中で最低のルールである。
自分では守っているつもりである。大まかなのである。大部分の部員が集合しているが常に一番最後に来る。自分では遅れていない意識が非常に強い。
この部分を指摘するとふてくされる。
「そうだな。遅れてはしないよね。でも、いつも最後だよ」と指摘すると一様謝る。
が、謝り方に心がない。「何でそこまで言われなあかんねん」の精神構造である。
こんな部員にも試合の出るチャンスはある。
「○○、20番と交代しろ」とコーチにコールされる。
よっこいしょと行動が緩やかである。さあ、○○様の出番と自分のペースで交代を告げるが審判に認められない。それでも自分は悪くないと思っている。
コーチから「もう出なくても良いよ」と告げられるとふてくされて、ベンチに戻り、タオルを投げつける。
こんな選手にも時間をかけて指導できるのも合宿である。
こんな選手に限ってプレイをさせると上手である。
ただし、自分のペースでやれるときに限定されるスタープレーヤーである。
入部時には仲間から凄い凄いとちやほやされる選手である。
けど、多くの指導者は見抜いている。
格下のチームとの試合では大スターであるが、格上のチームでは何一つ出来ないダメ選手に落ちる。この事がチームメイトの信頼をなくする事につながる。必死に取り組んだ結果なら、仲間として認める。しかし、しんどいところで放棄する選手は仲間として認めることはない。
でも、素材的に凄いものを感じるので何とかしようとする。
上手く行かない原因を伝えようと時間をかけてこころみることが出来るのも合宿である。
今回3人のコーチが根気よくトライしてくれた。
変化が見られるものの目が死んでいる。表面だけの空返事なのである。
3人のコーチの見解は一致している。
プレイ的な成長は人間的な成長が後押しをする。
生活面での乱れを敏感にキャッチできるのも合宿である。
そして、多くの指導者の目で確認して、正してやるのが指導原点である。
出来なと言って切り捨てることはない。
多くの場合、選手自信が諦めてしまうのである。
でも、諦めない。
まだチャンスはある。

信じるか否かは、あなた次第である。
             

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【ある日のコーチング・カレンダー272】《新チーム育成を考察する》  

【ある日のコーチング・カレンダー272】《新チーム育成を考察する》 

厳しいスタート、試しの遠征
試しの遠征001

新チーム育成を考察する。

まず、何ができるかを観察する。
コーチングプログラムと照合してみる。
到達予想点と現時点のチーム状態を比較してプログラムを修正する。
当然、出来ている部分と出来ていない部分はある。
新チームをスタートさせるときには夢や願望は、指導者にも、選手側にも存在する。
指導者と選手の思いやレベルが接近しているほど、モチベーションは高くなり、維持も出来るだろう。

新チームスタート時に確認させること。
①チーム目標の確認:全国大会
 ・出来ないのではない、出来るまでやることが全国への道と心得る。
②そのためのチーム方針の確認
 ・精神的基盤(頑張るポイント)とゲーム方針(戦法・戦術的)。
 ・学校との関係(部員である前に畷北生であること)。
 ・チャンスの平等性とベレルの平等性(チーム内にあるレベル格差を工夫する)。
 ・自分の居場所を自分自身の手で探させる。
 ・学ぶ姿勢の育成(素直さの追求)。
③年間スケジュールの確認(主な大会)
 新人戦まで:○○フラーカップ・○○ウインターキャンプ
  ○中央大会◎近畿新人戦      
 インターハイ予選まで:各県招待試合(兵庫・大阪など)
  ○決勝リーグ◎近畿大会◎全国大会
 ウインターカップ予選まで:三朝キャンプ・インターミューラル
  ◎全国大会
④チームスタッフの選出:キャプテン・副キャプテン・マネージャー
 ・キャプテンの到達目標に対する指導。

などを確認させて、1ヶ月前に新チームをスタートさせた。
そして、第1ステージでの”ためし”を遠征で行った。
そこで得た事は”甘さ”であった。
遠征に行くなかで時間を守るだの、チーム用具を準備するだのの行動に関しては当たり前のように出来る。
でも何が”甘い”のかを体験し、考えさせる。

ウインターカップ都道府県予選敗退後、
遠征先には、ウインターカップ出場の3年生が存在していて、相手は3年生も存在し、かつ各県ウインターカップ直前のチームである。

ある時期、荒れた天気下での遠征。会場到着時には体育館雨漏りとキャンセルチームのために試合時間の変更と対戦チームの変更にモチベーションが下がる。
とりあえず、第1試合が決定した。そしてアップが始まった。
いつものチームとは違うムードである。
でも、指導者クラッチは叱らなかった。きっと、ひどい試合になることを予想してあえて注意しなかった。
案の定、100点ゲームにされて終了である。
次々に変わる対戦相手に1日目は1勝3敗(*1勝はBチームのものである)で終了。
”そんなはずじゃなかった”の気持ちが焦りとなって、自分たちのバスケットが出来ない。
チームとしての学習の場がいきなり提示された。
そこで新チームの①~④が確認された。
そして、”出来ることから始めれば良い”の確認で自分たちは勝てるチームであると言う安易さを捨てる結果が飛び込んできた。現時点で練習してきたことだけでどれだけ戦えるかの確認のための遠征であるから、やられても仕方がない部分はある。
でも、戦うモードにもならずに試合に入ったことは、ひどく叱った。当たり前である。
するとチームは変身するが、それじゃ所詮、やらされるバスケである。
チーム育成の教材としては最高のものがいきなり与えられた。
ここで選手だけが必死になるようでは駄目である。指導スタッフも一緒にこの現実を捉えた。
そして、1日目を過ごした。
そこで、お互いに学ぶ姿勢が遠征先体育館を支配し始めた。
するとチームは変わり始めた。試合毎にチームらしさが蘇ってきた。
蘇らせる兆しは、何か。
”現時点で出来ることをやろう!”であった。
新チーム発足以来、Aチーム5連敗の現実は残るが、明るい先が見え始めた。

ただでは転ばず、次へと繋げることを残す。
それが今後に生きる。
今、全敗でも、活かせる材料探しの遠征である。
もうこれ、以下はない最悪で努力すれば、何かが生れること知り、チームで知り、個々の飛躍の材料を見つけ出す。

その反省材料をチームの共通ベクトルとして、飛躍の材料につなげる。
100点ゲームされたチームでも、次回対戦時には勝てる材料へつなげる。
その証は、同じチームと半年後、対戦させることである。
そして、勝利させる努力を具体化させる。
このことを理解させたうえで、遠征に出る。
このチームはこのことを毎年実践し、可能性を見つけ出そうとした。
遠征で全敗、なんてことは日常茶飯事であった。
公式戦で勝つ材料探しの為の遠征であることをチーム全員が認識していたからである。

信じるか否かは、あんた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー271】《食事》 

【ある日のコーチング・カレンダー271】《食事》

五輪に学ぶアスリートの食事。
アスリートの食事。

過去の読売新聞記事より
メダルプロジェクト (2)食事管理 強制はダメ(2004.7.16)より

重要さ自ら意識 肉体さらに改善
選手にとって、食べることも大切な練習の一つ。末続(ミズノ)にも、食事に気を配ってくれる人がいる。栄養アドバイザーの石川三知だ。
短距離の女子選手の食事メニューの相談を受けていた石川。その女子選手が2001年から高野進の指導を受けたことから、スプリンターサポートプロジェクトに誘われた。
石川の役割は、選手1人ひとりに合った食事のメニューを作ること。ただし、決まった食事を無理に選手にとらせれば、それはストレスを生む。だから、強制はしなかった。
食事を管理されること自体、末続は乗り気ではなかった。シドニー五輪の時は、ファストフード店でチキンナゲットなどを食べていた。「あれがダメ、これがダメと、制限されるのは嫌い」。食べたくないものは、口にしなかった。
末続の回復力を高めるため、石川は練習直後の軽食に重点を置いた。2002年の冬、「とりあえず信じなくてもいいから、やってみよう」と声をかけた。最初は、走り終えた末続にバナナやサプリメントなどを渡した。
練習直後の軽い食事を続けた結果、数週間後には「(きつい練習をしても)体力が持ちそうな気がしてきた」。末続の意識が変わる。食事に気を使い始めた。石川との出会いから、末続は肉や魚、野菜をバランス良くとるように心がけた。
その変化は、半年後の測定で、数字として表れた。1年前に比べて、体重は1・4キロ増えたが、脂肪は400グラム減少。末続の肉体は、さらに引き締まった。

この記事を読んで、大学生の頃を思い出した。
東京ユニバシヤードの学生補助役員をしていた。自分が属していた大学からも数名参加していたし、役員証である程度、会場の出入りが許されていたので休憩時間に競技を観る事が出来た。その時にドイツの学生と友達になり、おぼつかない会話で話した。内容はお互いに体育専攻の学生であることで大いに盛り上がった。その学生は大会に競技者として参加していた。その人の競技は忘れたが、大会参加者と言うことで通訳が帯同してくれていた。日本の体育専攻の学生に興味を持ち、通訳を通じて色々な質問をしてきた。
その一つ、食事について質問をされたことを鮮明に覚えている。

自分が住んでいる学生寮の食事を紹介した。
朝:麦飯ご飯・みそ汁・たくわん2切れ
昼:麦飯ご飯・ほんの少しの揚げ物(よく出た竹輪の天ぷら)・みそ汁
夜:麦飯ご飯・鯖の煮付け・豚汁・たくわん2切れ
程度の食事で毎日過ごしている。お腹がすいて倒れそうな日々であると説明した。
信じられないという驚きで「もっと話を聞かせろ」と益々興味を持ったドイツの学生選手のことを思い出す。

更に「君の大学(日体大)は、どのぐらいの学生数か」の質問に
「一学年に1000名以上いる」と答えると黙り込んでしまった。
「そんな環境でスポーツや勉強できるわけないだろう」と同情された。
「バスケットボール部は200名を遙かに超える部員が居る」と付け加えると信じられない表情で更に黙り込んでしまった。
こちらの方から「ならば、君の学ぶ環境は…?」と質問すると
「自分たちのゼミは10名を超えることなく、一つのテーマで何人もの教授が携わってくれる」と説明してくれた。
その環境こそ信じられないと言葉を返した。
この時思った。せめて、夕食に白飯・ラーメン・餃子が腹一杯食べられれば、俺たちはもっともっと動くことが出来るし、外国勢と対等以上に闘えるのにと思った。

時代は変わり、寮や合宿所の食生活は当然変わっている。
だから、トップアスリートたちの体力や体格などは、比較させるレベルじゃないほど、向上している。
また、学びの環境は数段良くなっている。
そのことを知った上で語らせていただいている。

あれから、45年。
日常に高校アスリートの現実は余り変化ないような気がする。
よく食べるけど栄養にバランスや食べ方のなど指導しても聞くわけはない。
好きな物を好きな様に空腹だけを満たすだけの食生活が日常的である。
時には朝飯抜きなんてことも日常茶飯的である。

私の指導していたチームは冬春の遠征、夏の合宿でたくましくなる。
それは安定した食生活が約束されるからである。
日頃の食生活の偏りや不規則さがなくなり、栄養バランスがとれた3食安定した食生活が保証されるからである。合同合宿で他のチームのモチベーションが下がっていく中で、右上がりに頑張り度が増すのは食生活が大いに関わっていると理解している。
贅沢な食生活を要求しようとは思わない。
せめて、3食きちんと食べてくれれば、競技力を支える力をつくる事は出来る。
幸いかない、ほんの少し聞き耳を持ち、指導されることへの信頼関係から食生活などのことを聞き入れて実行している部員が多く現れたので今年の猛暑も”なんのその”で終えることが出来そうである。
信じるか否かは、あなた次第である。
            

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【ある日のコーチング・カレンダー270】《学ぶ姿勢の必要性》 

【ある日のコーチング・カレンダー270】《学ぶ姿勢の必要性》 

新学期が始まり、新入生が来る。
それと共に、部活としての運営は新たなる局面を迎える。

私学と公立、またはクラブチームでも構図は同じである。
ただ、時代の流れに於いて年齢別カテゴリーイズムが歩き出して、U-○○としての動きも無視するわけにはいかない。

ただ、どのような環境であろうが1年という時間軸の中で如何に育てていくという考えや方針構築には大差はないのではと考える。

部活に於いてレベル差はあるだろうけども、公式戦でてっぺんを目指すならば、そのレベルに応じたチーム育成の為の『学ぶ姿勢』を持つことは重要な育成強化のための行動である。チームの部員、選手に『学ぶ姿勢』を求めるならば、指導者が昔とった杵柄のままでの経験値だけの指導では、選手が持つ向上欲求は満たすことはできない。指導者自身も『学ぶ姿勢』でチームに個々の部員、選手に還元できるスキルやメニューを提供できる姿勢は持ち続けてほしい。

方法論、真理などは多種多様に存在する。いや、一つであるとの主張もあるだろうが、それは色々な考え方があるから、方法論も異なってくる。その違いと知るためにも『学ぶ姿勢』は必要である。共感・同意・反論などなど、指導者自身の脳の活性化にも、手段は多様にあるが、文献から、講習から、伝達から、異業種セミナーから、クリニックから、挙げればきりがないほどの『学びの場』はある。

時間が持てなくては逃げ口上、時間を創ってください。部のために、チームの為に、そして、所属するチームの皆のために。

信じるか否かは、あなた次第である。




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【ある日のコーチング・カレンダー269】《能力の見極め》  

【ある日のコーチング・カレンダー269】《能力の見極め》 
指導者の能力の一つ
資質(コンピテンシー)

人それぞれ持つ能力をいかに活かせるか、引き出せるか、気づかせるか、活かせる場を与える、可能性探せるか、などなど…。
チーム力が一向に上がらない、所謂、競技スポーツの成果としての勝ちが見えてこないことをチームの個々の能力の無さと定義付ける傾向がある。

タレント(能力ある者)発掘すれども、『育てる』スキルがチーム内に無ければ、いつもでたっても機能しないタレント集団で推移しチームは成長しない。

勝てないのは特に自分には能力がない集団と思い込んでこんでいないだろうか。
チームとして機能させるには、忍と成果の具体化であるがその前に選手個々の能力の見極めと育てるシステムとスキルを持ち合わせ、具体的なメニューを提供できる組織を構築させることが大切である。

オフィスKURACHはその日々悩んだことをカレンダーという形でほんの一部分を伝えようとしています。読んでいただければ、幸いです
それを365日、提供し、指導者として1年コーチングスキル創りに今、チャレンジしている。例えば、オリンピック、4年に一度巡ってくる。ならば、4年間スキルを協会やチームスタッフはその日々を本番から逆算してのフィードバックさせるメニューをチーム結成の前から当然、持っていなければならない。
また、各カテゴリーにおけるシーズンは長期(1年)・中期(1か月)・短期(一週間)・日々のメニューを持つことは当たり前であり、そのスケジュールをチームや個人に時間軸と努力目標と着地点への目標設定をチームとして認識させることがチームとして、指導者が持ち合わせなければならない。

今日はどんな練習をさせようかな?しようかな?はあり得ない。
これは変更や修正や改善とは少し違う。
時間がないから、コートに行ってからではコーチの使命としてのチーム貢献は果たせない。少なくとも1年間の競技スポーツを目指すチームなら公式戦へのスケジュールを持ち、示すことは当たり前のチーム従事者としての仕事である。

チーム理念、目標、時間軸、具体的スキル、目標達成レベル具体策を持つことが指導者としての仕事である。そして、個々の能力を引出し、伸ばし、選手が成果を実感できる効力感構築を示せるのが指導者としての使命である。

信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー】《対応力》 

【ある日のコーチング・カレンダー】《対応力》
ある日、【ある日のコーチング・カレンダー】を更新して昼食後、
突然の電話で依頼内容変更の連絡。
「できないよ!」じゃ仕事師じゃない。
突然の変更も想定内、よくある話じゃないですか。
試練まではいかずとも、自分に与えられた、それが仕事と割り切る。
今日聞いて、明日でも間に合わせる。
極端に言えば、その日、直前の変更もよくある話である。
目の前に起きたことを直せる幅は常に持ち合わせておく。
これもゲームのベンチワークで身に着けた『対応力』なのかも…。
指導者が対応できても、コートでのプレイヤーたちが動かなくては成果につながらない。急な変更にも対応する日々をチームで如何に取り組んでおくか。その数の多さと変更への対応力をチームとしてトレーニングしておく必要性はある。
それがリスクマネジメントの一つである。
今日はそんなひと時を過ごしています。
MYビックリな1日です。
トランディションゲーム、バスケの指導者としての日々で得たことが活きてくる。
依頼主からの内容を聞きながら、即答しながら、変更に対する『提案』をその場で出して、了解サインを得る。
この対応する自分で「このままじゃ負ける」「どうすれば」決断「こうすれば」が蘇える。即実行でチームを好転させる。何度も修羅場をくりぬけてきた経験値が今日活かされている。
インプットされていた引き出しの扉を適格に開いて、いくつかの項目をソートして、ベストと思われる項目をアウトプットして、即、行動に移す。これも指導者としてのコーチングワークの1つである。
具体的なスキルの1つでチェンジングディフェンスの対応メニューが浮かんできた。何が起きるかわからないことへの対応法をメニューに持っていたからこそ、今日の対応につながった。
信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー268】《見えぬ所を教える》 

【ある日のコーチング・カレンダー268】《見えぬ所を教える》 

教員の成り手が減っている。
それと共に『部活』の顧問の成り手が居なくなっている。
特に運動部系の成り手がない現実、現状。
教科外活動だから、教科や学年や学級運営の多様化で手が回らない。
多様化する生徒への、保護者への対応の大変さを理解した上での『部活指導者』を考える。

教室で向き合うことの大切さ。
教室外での生徒と向き合うことの大切さ。
学校外、特に家庭での生徒の状況の把握。
社会の教師に対する要求の多様化と対応力が問われる昨今。

大変さは理解できるが理解できるが、教員を目指して、教育の世界で生きていこうとした時の志を考えてみよう。

「あなたはいつ寝ているんですか?」と質問された時がある。
教材研究、HR運営、職員会議、分署会議、などなどの準備で明け暮れる。
プラス『部活指導』で土・日もなく、長期休暇も部活指導で過ごす。
でもね、この道を志した時に、そんなこと覚悟していたはず。
最近なって、急に別の仕事がプラスαされたのだろうか?

自分の大好きなことの世界で仕事できるんだから、そんなこと当たり前を若い時に先輩教員から叩き込まれた。
反発もしたし、「絶対成果を出してやるさ」と教員に仕事で最高を追求した日々を思い出す。
「時代が違いますよ」の声が聞こえてきそうですね。
つい最近まで、真向勝負で向き合っていたことを思い出しても、あまり差を感じない。

バスケが大好きで、身近に指導できる場として、教員を人生の仕事とした。
教育の場で想定できることを準備して、教員になった。

教員として望まれることを準備するのはあたりまであるし、プラス、大好きなバスケ指導が出来て何がしんどいのだろうか。

表面的なことだけで、生徒の心や親の気持ちを引き付けられる訳がない。
見えぬ場所での準備をぬかりなくやることが教員のコンピテンシーの一つである。
その自覚を持った者が教員の門を叩くべきであり、ましてや『部活』指導を目指すことも転職と考えるならば、多少の理不尽さが目の前に現れたとしても解決する術を身に付けてほしい。自分で出来なければ、人の手を借りてでも、教育界で生きるエネルギーを持ってほしい。

教育現場と部活を切り離して行こうという機運が世の中にある。
そこでひと踏ん張りして、未来への貢献を志してほしい。
上手くいかないのが当たり前、何でもすぐに出来ないから教育がある。
教室現場プラス『部活指導』で得る達成感を味わえれば、きっと幅のある教員としてやっていけるはずである。

悩めば、仲間を探せ、教員仲間と語り合え。
訳のわからいないことで激論しても何かきっと生まれる。
孤立したなかで、悶々としていても何も生まれない。
生徒の前にだって、「悩んでいる」を時に示してもいいのではと思う。
黒板上の、教科書上のことを教えるだけが教師ではないことの前提を持つことがスタンダードとする。
志は何処に於いて教員を目指したのかを言葉にして、語れば何かがきっと生まれる。
生徒に向かう前に見えぬ場所での教員として学ぶ姿勢が大切である。

教育界にあるスポーツ一考の部活を見直してほしい。
出来ぬことをどんどん学校外に掘り出していって、培ってきた日本の文化は消滅を待つだけなのか。
それだけの活動施設などはこの日本のどこにあるのだろうか。
そんな疑問が浮上する今日この頃である。
指導者不足を工夫するのも、一つの策である。
人の知恵で未来に残して行けるものはある。

信じるか否かは、あなた次第である。



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【ある日のコーチング・カレンダー】《広報力構築編》 

【ある日のコーチング・カレンダー】《広報力構築編》
色々な場所でスポーツが論議されている。
教育界と部活動。
この存在の賛否論は別として、『一つのスポーツ文化』として頑張る先生たちの存在をもっと「伝えなくっちゃ」と思う今日この頃である。
学校教育におけるスポーツ活動の両極性、いや、ちょっと待て、一極性になる恐れがあるのでは学校部活スポーツはほんの一握りの存在に追いやれることを危惧してやまない。

いつも云う道頓堀理論、多くの人が多く店が同じ土地で同じ場所で競い去って、味を、美味しさを伝えてきたからお客が来る。そして、繁栄させてきたから、天下の台所大阪浪速の今がある。それを道頓堀理論という。

一つのチームだけが頑張っても仕方がない。相手チームがあってこその競技スポーツであり、その一つに日本独自の教育文化としての『部活』がある。
その文化を否定し始めては、多くの生徒、学生が活動拠点を失うことになりかねない。教育現場の多様化は今に始まったことではない。教育従事者の仕事量が過度の増えていることは社会全体の問題であるだろうが少子化を叫んで切るのに「えっ本当ですか?」と首をかしげることもある。

そこで「俺たちも、私たちも、先生、頑張ってますよ広報」で小さな頑張りで伝えましょうよ。夜寝る前に「ちょっとこんな事ありましたよ」と書き綴り世の中に伝える。
いやな批判もあるかも知れないが、頑張りを伝えれば、シンクロして、「私も頑張ってます!」の輪が出来るかもしれない。
教育界へ道頓堀理論注入!
頑張っている人(教員・指導者)たちが活動内容を知ってもらう為に色々な形で伝えましょうよ。
伝えれば、波動して、次の頑張りと出逢えるかもしれない。
公立高校、私学関係なしに教育界にある部活文化に過去からの伝承として、良い形で未来に伝えていただきたい。
頑張れ先生たち、指導者たち、しんどい時、子どもたちの、生徒たちの、学生たちの微笑姿を思い浮かべてください。

学校内になる施設を廃墟にさせてはならない。
活用して活性化を図りましょうよ。
やり方は工夫し、創造すれば、何かを見出すことはできる。

たった6校で始めた大会も90校を超えるイベント化している大会が存在する。
それを伝えましょうよ。
私に知る限りでは高校バスケ界にも兵庫にも、奈良にも、滋賀にも、広島にも、大垣にも、和歌山にも活き活きした大会は存在する。
もっと広報活動にエネルギーを向けましょうよ。
「忙しんですよ」を捨てませんか。
ほんのちょっと時間を創り、伝えませんか。
「もうすでにやっているよ」の方には耳ざわりであるかもしれませんが頑張りを伝えましょう。
私は伝え続けます。

信じるか否かは、あなた次第です。

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【ある日のコーチング・カレンダー267】《自然・他燃・不燃》  

【ある日のコーチング・カレンダー267】《自然・他燃・不燃》 

ある時の合宿スタッフミーティングより。

合宿での取り組み

自燃、他燃、不燃。

学ぶこと。
合宿では、OB臨時コーチとしてN原・O野が手伝ってくれた。
北斗星・夢・心組と名付けられたチームの夢(M原)と心組(O野)を担当してくれた。
ベンチメンバー15名に最も近く位置しているが徹底力のない部員の集団”夢組”。
でも、「ベンチ入りやレギラーの夢を捨てるなよ」と夢と名付けられた。
プロ野球のファームのように素材とはあるが体力やスピードが高校レベルに達していないものやチームのシステムの理解不足を補う意味で組織された”心組”。
自信がないのは出来たという成就感がないからだ。やろうという前向きな心やひょっとしたら「俺たちも出来るンと」と思う心を芽生えさせる意味で心と名付けられた。
メンバーは各チーム15名から20名で日頃、個人としてコーチ力が及ばない部員に時間をかけて指導しようと試みた。
この結果は、直ぐに出るわけがない。コツコツと地道に取り組む姿勢を定着させるために2人のコーチは日々奮闘してくれた。

「直ぐに出来ると思うな!」
「一発勝負ばかりでチームのシステムを無視するな!」
「チャンスを与えられないのは、出してくださいと思う気持ちと行動をとれないからだ」
「最初は平等にあったチャンスも増える者と減る者と全く無くなる者が出てくるのは何故かを考えろ!」
「コーチは難しい事を要求していない。簡単なことの徹底である。例えば”声”を出せ!などである」
「自分で燃えろ!(自燃)」
「自分で乗れない奴はせめてチームのノリについて行け!(他燃)」
「全く乗れない者は去れ!(不燃)」
そして、
①ユニットメンバーによる役割の徹底
②アーリーオフェンス#3・#グー・#パー(チームのシステム番号)
③オールコートデフェンスシステムのXチェンジ&ダブルチーム理解
に監督から指導されたチームシステムを理解する心と必ず出来るという現実に可能な夢を持てをテーマに2人のコーチは連日コート、昼休み、ミーティング、夜遅くまで部員と向き合ってくれた。

その結果、合宿終了の個人ノートにほとんどの部員が充実感と2人のコーチに感謝を述べられていた。
この試みは、合宿終了後のインターミューラル大会まで続けられた。
部員に約束した「チャンスは与える」を実行した。
50名を超える部員は必死である。次の大会への下準備としては満足感はある。
「勝ち負けは必要以上に意識することはない」がこの合宿の合い言葉であった。

合宿中、夜9時30分から実施されるミーティング前にスタッフミーティングがもたれる。
テーマはその日の重点目標の確認とチームの編成替えである。
そして、全体ミーティング、各組ミーティング、個人指導がもたれる。
更にスタッフルームに戻り、再度ミーティングがもたれる。
この事に2人のコーチは最初に驚きを感じたという。
「いつもこんなにスタッフのミーティングするんですか?」と感想を漏らした。
「これだけの部員数に対応するためには当然の行為や」と言い切った。
クラッチはトップダウン方式ではない。テーマの提案はするがコーチの提案も聞く。この姿勢を崩すことはない。
それがクラッチのチームイズムである。

ある日のミーティングで夢組担当のN原コーチが
「人には自燃、他燃の者がいるんですね。」と言い出した。
「どういう意味や」とクラッチ。
「自分で燃えて頑張れる奴と他人の乗りについて行く奴がいるんですね」
「北斗組にいる子や夢でリーダー格の子は自分が何とかしようと出来る子ですよね。」
「それが自燃やね」
「せめてノリについて行けている子は他燃やね」
ここまでは許せるよねと話し合ったが中原コーチはその”他燃”組を何とかしたいという。
「でもな自分でもチームのノリにもついて行けない、いや行こうとする意思表示できない不燃の子をどうするかやな」
そして、自燃、他燃、不燃と基準でグループを組んでみようと言うことになった。
その結果は意外であった。

ある時の合宿での取り組み
信じるか否かは、あなた次第である。

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【ある日のコーチング・カレンダー266】《自主自立》   

【ある日のコーチング・カレンダー266】《自主自立》   

指導者が巣立てる自主性を考える。
自主自立。

チームを指導して10年ほど経過した時のこと。
バスケットボール部の顧問になり、強いチームを目指して指導を続けている。
けど、単に勝てばいいという指導を目指したわけではないのに。
出る釘は打たれる。時には抜いて捨てられる。
そんな時期もあった。

チームが求める真実を書き続けようと心がけている。
その真実とは「自主自立」である。
生徒・部員が自分自身で生きていく力を育てる事に徹している。
若者の身勝手な理由による自主自立を要求しているのではない。
それは好き勝手なものを意味するものではない。
一個人の身勝手な自主自立ではチームは成り立たない。
当然、其処には指導されるものと指導する者が存在する。
指導者の一方的な大きな力となり偏っていては「自主自立」は育たない。
けど、指導者の力が及ばない「自主自立」も有り得ないと心得ている。
教育の場である学校という組織が好き勝手を意味する「自主自立」では教育界、世の中は崩壊である。
ハチャメチャな考え方や指導法も教育であって、時には必要であるとも思っている。
「あんな先生大嫌い」でもそれに対する反応があれば、時には教育界では良しである。
そのおおらかさが世の中にあったはずである。
なぜならば、それに対応して行動のとれる人間は育つからである。
良くも悪くも反応し対応する事によって自己が育ったはずである。
自己の世界には入り、無反応な集団には成長は期待できない。
俗に言う自己の世界で生きるわがままな若者を世に送り出すだけである。

指導者の姿が見え隠れしながら、悪戦苦闘する若者が最終的に行くつく場所があれば、「自主自立」して成長する。
でも、指導者の姿が感じられない「自主自立」にはいささかなる疑問を感じる。
無理難題と称する課題の克服がないからである。
”好きなことだけをやる”ことを賞賛する行動には心の成長は余りない。むしろマイナス面がクローズアップされる。
我が儘、気儘な人間が大人になっていく。
成長させる為の課題を与えられない大人が多すぎる。
強い指導を要する課題を逃げささず、厭きささず、答えを求める指導方法を模索する。
指導者が勉強することが生徒・部員が成長することに繋がる。
だから、指導者の姿が感じられない「自主自立」はクラッチには考えづらい。

信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー265】《時間が止まる》  

【ある日のコーチング・カレンダー265】《時間が止まる》 

変化のタイミングをキャッチする。

時間が止まる。                           

教員時代、週2時間車椅子の生徒と体育の時間を共有している。
20分間のリハビリ、といってもリハビリもどきのストレッチとマッサージ、そして、仮眠という体育の時間である。
本人と本人の家族と相談しながらの体育の時間なのである。クラッチ式に言うと「時間が止まる体育」なのである。
何故、時間が止まるのか?この生徒と共有する時間が前に進まないのである。この生徒に与えるものが常に同じで発展しないのでる。同じことの繰り返しがこの子もクラッチも当たり前に思ってしまっている。
これで良いのかが、いつも残る時間なのである。
何か工夫して、時間を進めたいのである。この生徒に何かを学ばせたいのである。
この子に関わるボランティア”P(あだな)”君と話し合ったことがある。何かさせたいのではなく、この子が何をしたいかに関わるようにすること。色々の選択肢をもって、この子が選択したことに手を貸すことにこだわることを話した。
P君「いつも選択肢を3つ用意している」
クラッチ「僕は精々2つである」
どちらにしろ、この子に選択させて時間を進めたいのである。
この子に何が出来るかではなく、この子自身が何をしたいかを引き出すことであるとの結論めいたものを2人の中では見出している。でも、やはり本人が何をしたいかである。
マンツーマンの授業なので、彼に行動を選択させてもどうしても時間が止まってしまうのである。

この生徒に変化がおきだした。
時間が進みだしたのである。
みんなと一緒に行った修学旅行以来、変化がおきだしている。
この子との授業の終わりに、いつも「じゃあな」とクラッチが手を上げて、この子の「うん」で終わる。
この「うん」が「有難うございました」に変わったのである。
明らかに変化である。
修学旅行中、クラスメイトと行動を共にする。その時に出来ることと出来ないことを常にこの子に決めさせていたとP君は言う。
彼の前に坂道があらわれた。
するとP君は「車椅子で行くのか、自分で歩くのか、クラスメイトにおんぶしてもらうのか、自分で決めろ」と言う。そして、彼に決めさせて行動したという。
この行動パターンをクラスメイトと共有できて、彼は変わった。時間が進みだしたのである。

ある日、バスケットボール部の練習を見学に来ていたらしい。観客席(ピロティ)で見ていたのでクラッチは気づかなかったがP君と一緒に来ていたらしい。それはなぜか。これも修学旅行のおかげだという。彼とバスケ部員とのクラスメイトとして交流がこの見学につながった。行動を共にしたクラスメイトが属する部活ってどんなことをしているのかが見たくなったという。その見学で「俺も何かしようかな」と言ったという。時間が動き出したのである。多分この日以来だと思う「有難うございました」の終わりで締めくくる体育の時間は。

昨日、クラッチのバトミントンの時間にこの子が体育館に現れた。
表情がリハビリ室で会う時と違う。笑っている。そして、明るい。
「どうしたん?」と話しかかると「みんな何をやっているかと思って」、ボランティアの人に頼んで自分の意思で体育館まで来たと言う。
もじもじしているので「お前もやってみるか」とラケットとシャトルを渡すとボランティアの人とやりだした。本当に時間が動き出したのである。楽しそうである。
「来週、体調がよければ、みんなとやって見ようか」
「はい」の返事である。「うん」じゃなく「はい」であった。
また、時間が動き出したのである。
           
 信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー264】《山籠もり》  

【ある日のコーチング・カレンダー264】《山籠もり》 

順位決定リーグを過ごした山荘。
山籠もり

毎年、秋に全国大会を現実のものにしようと1年間のスケジュールを立てていた。
そして、決勝リーグを想定して6月3・4・5日の宿泊を予約した。
場所は地元の山中にあるある学校の同窓会館である。
何のために。
それは”チームの結束”のためである。
試合前に揺れ動く精神状態をチームで共有して行こうとの考えからである。

でも、
インターハイ出場への順位決定戦で敗れからは、士気が上がらない部員。
「俺たちの1年は何だったんのか?」と自分を責める。
「近畿大会のことは考えられない」と呟くキャプテン。
練習にも心がない。
チームの心を何処かに置き忘れたのか。
モチベーションの低下である。
そして、時間だけが流れて行く。
この3日間はいらないのでは…と。

監督の判断で”山籠もり(ミニ合宿)”を決行した。
結果は最高であった。
ブロック(近畿大会)大会決定3戦全勝の事よりもチームのモチベーションが再び高揚しだしたのである。

何故、高揚したのか。
6月3日夜のミーティング。
「監督から何も述べることはない」で始まった。
「テレビの前に集まれ、このビデオを観てくれ」

ビデオが動き出した。
NHK人間ドキュメント『それでも僕はアテネをめざす』(マラソン高橋寿成)を流した。
内容は一流選手が勝てなくて、ほとんど本番で出場の機会がない”補欠”でのアテネが宣告されたマラソン選手のドキュメントである。
ビデオが流れる画面を観ながら、監督はこの内容より部員たちの眼を観察していた。
暗がりで輝いている。
予想していた事が始まった。
”心”が動き始めているのである。
毎日行動を共にしている部員思いは、息づかいだけで感じるものがある。

ビデオ鑑賞は終わった。
そして、ミーティングが再開された。
「俺は5月9日にインターハイ予選を負けた時、バスケを辞めようと思った。凄い思いで半年間を過ごしてきたので負けたショックで順位リーグ戦には”気力”はでない。そんな中途半端な気持ちでバスケやることは嫌だと悩んだ。」とキャプテンが語り始めた。
「中間テスト後、練習が始まったがしっくり来なかった。」
「近畿大会なんてどうでもいい。」とまで言った。

話を聞きながら、このままでは明日の順位決定リーグは勝てないなとクラッチは思った。
でも、クラッチには自信があった。

さらにキャプテンは話を続けた。
「でも、このビデオを観て、自分たちがとっている行動(バスケはもういい)はおかしいと思った。モヤモヤしていた事が晴れた。俺(キャプテン)がこんな状態だから、チームのモチベーションが上がるはずがない。悪かった。もう一度、頑張る心が沸いてきた。近畿大会に5位で出る。だから、みんなで頑張ろう」と語った。
拍手が起きた。これ以上のミーティングは必要ない。
明日からの予定がマネージャーから告げられる。
ビデオを観ていたときの目の輝き以上の眼で聞き入っている。

3日間が予測できる輝きである。
シュミレーション通りの結果になった。
3戦全勝である。
でも、そのことよりも1%でも可能性があるのなら、諦めることなくチャレンジするのがスポーツマンの真の姿であることを教えてくれたこのビデオの素晴らしさに酔った。
そして、それを受け入れることが出来た部員たちの感性に拍手である。

信じるか否かは、あなた次第である。  

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【ある日のコーチング・カレンダー263】《嫌なこと》 

【ある日のコーチング・カレンダー263】《嫌なこと》

悪い環境は誰だって嫌である。
こんな悪い環境はない。                           

こんな悪い環境はない。その環境で自分一人がいくら努力しても理解してもらえない。
だから、何もしない。だから、辞めてしまう。ごくごく普通の感情だと思う。

何も嫌でたまらない環境で頑張る必要なんてない。とっとと辞めてしまえば良いじゃない。
その方が楽である。耐えることなんて必要ない。その悪い環境を飛び出せれば、それでいい。でも、次の環境でまた同じことが浮上すると、また逃げ出す。それでいいものなんだろうか。環境を変えることと逃避とは違う。今いる環境に何の改善への努力もせずに逃げ出す人は、環境を変えたとしても逃げ出すような気がする。

とんでもない環境、命に関わるような環境で我慢すると言うものではない。皆が悪いと思っていても、誰からも改善を呼びかけようとも、行動を改めようともしない環境。でも妙にマイナスの劣悪な環境でバランスが保たれている環境は、一つのきっかけでものすごく好転するものである。それは何故?今の悪い環境を変えたいと思う人が複数いるからである。複数の人に「好転させようよ」と呼びかければ出来ることである。

今日はそんな好転した環境を体験できた一日であった。誰だってストレスが溜まるような環境で暮らしたくないし、働きたくもない。それが素直な人の感情だろう。
でも少し考えてみた。自分が悪いと感じる環境を好転させることは出来ないものだろうか。
努力して良い方向に向かわせたい。どんな劣悪な環境下でも、そんなことを考える人間は存在すると信じて、仲間探しをすれば、凄い改善は実現できるのではないだろうか。

いったん良い方向に傾きだすと何とかしたいと思っていた人が不思議に何人か名乗りだしてくる。今、嫌だなあと感じる環境でも、改善を望む仲間を探して、助け合って行けば、何とかなる。一度、互いの努力が見え出せば、全てが上手く動き出す。そのきっかけは、コミュニケーションである。なんか嫌な雰囲気を持つ人でも、こちらから近づいて行く姿勢があれば、コミュニケーションは取れる。でも、多くの場合は、自分からは近づかずに、相手を攻撃したり、無視したりして、益々嫌な雰囲気をかもし出していることが多いのではないだろうか。ほんの少し自分が変われば、ほんの少し自分から近づけば、嫌な関係は、ほとんど解決できそうに思えてきた。

今日の 畷北の体育館は凄かった。テスト前、いつもなら部活動の生徒の自主練習の場である。でも、今日はダンスの練習、マット運動の練習など色々な補習の生徒が集まって、ワイワイがやがやとやっているのである。 畷北へ来て、9年、こんな風景があっただろうか。前向きな生徒が呼びかけて創造した雰囲気である。
いつもなら、「今日補習やで…。」、「もうええやん。邪魔くさいし。」
でも、今は少し違う。「行こうや。」、「そうやな、い(行)かな、あかんなあ…。」
体育館に入ってみると授業以上のムードが支配している。そして、楽しそうである。

「じゃあ、テスト始めるよ」
成功しても、失敗してもあっちこっちで拍手が起きている。
失敗した生徒が「もう一回お願いします。」と前向きである。

結構助け合って改善させて前向きな環境や人間関係を保って、バランスをとりながら時間は経過していく。

教員時代私の体育授業でバトミントンのダブルスのリーグ戦を実施している。ルールは出来るだけ簡単に、試合数を出来る限り多くする。この程度の申し合わせでリーグ戦を展開している。この授業の本当の目的は「コミュニケーション・スキル」である。ダブルスのペアー探しを目的とした授業である。一クラス35人いると34組のダブルスが成立する。勝敗を決めるのは7点ラーリーポイント制で1試合3分~5分程度で終わる。一試合が終われば、ペアー探しが始まる。
「僕とペアー組んでくれる人…。」
「俺とやろうや…。」
「お前なんて名前…?初めてやけどよろしく」
などなど相手探しが始まる。でもどうしても、コミュニケーションがとれない生徒もいる。そこでクラッチが登場である。
「俺(クラッチ)とやろか…。」
えっと言う顔はするけど、すぐに笑顔になる。
「おもろいやろ。次は相手を自分で探しや」
「うん…。」
きっかけさえあれば、一歩進むことは出来る。
次に待ってる生徒が乱入してくる。
「俺とやろ。」と無理やりのコミュニケーションが成立する。
勝っても負けてもそれなりの成果がある。実に楽しそうである。
この授業の目的は勝ち負けじゃない。「コミュニケーション・スキル」による試合数を違うペアーで消化することに目的がある。

ほんの少しの努力で、変わる環境。自分から進んで何かをやる環境。無理やり変える必要はない。変わるきっかけを創ればいい。後は良い一人歩きが始まる。今日はそんな畷北の体育館であった。ここちよい空気が流れていた。
           
信じるか否かは、あなた次第である。   

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【ある日のコーチング・カレンダー】エイプリルフールどころじゃない日 

【ある日のコーチング・カレンダー】エイプリルフールどころじゃない日
4月1日はやはり、不思議な日ですね。
無理やりに切り替えるが入り込んでくる日で、何が何でも一年間がインプットされる日である。
過去にバスケのチームにのめり込んでいた3月31日はある強化大会から帰阪し、勤務先へ、そして、会議が始まり、新分掌であっという間の一日を過ごす。その瞬間を思い出すとすごいエネルギーを自身に感じていた。
必死のパッチで人の何倍もこの日、働いていた。
運営委員会、全体会議、学年会議、分掌会議、教科会議、そして、クラスの準備、クラス通信1号作り、出席簿作り、気がつけば夜9時となることしばしば。
それはなぜ、例年、4月2日には春の遠征締めくくりのためにやるべきことを全て済ませる必要にせまらての行動、それが当たり前な日である。
そして、明くる朝、遠征バックに連絡帳とスケジュール表を忍ばせて、移動中のバスでも仕事仕事、そして、仕事。
体育館に到着と同時にバスケコーチングモードへ。
その事がフラッシュバックしてくる2015年の4月1日です。
思い出すと心拍数が上がる日です。
大変忙しい日、いろいろな職場で頑張りましょう。
教育界では、間も無く新学期、バスケ界では公式戦間近。
慌ただしさの中でのコンディショニングを
新入生へのご配慮を
そして、ご自愛を。

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