クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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君の笑顔が見たくって 

インターミューラル関金合宿一日目。

オフィスKURACHのコンセプトは「すべてのスポーツマンに微笑みを」である。
微笑み=達成感の提案と定義つけている。

頑張れば出来るを提案させていただく。
当然厳しさは伴う。
厳しさとは、成果を出す痛みである。
痛みとは、『努力の過程』である。
自分自身が取り組む姿勢を痛みである。
痛みとは、失敗を恐れない姿勢を意味する。

決められた時間内に決められた本数を成し遂げる。
この姿勢なくして、成長はない。
ただ、過去に存在していた精神的肉体的苦痛を伴うトレーニングを連想させるものではない。
厳しさの先に成就し、達成感に満ち溢れた微笑みをイメージするものである。
着地点の想定である。
努力する厳しさを自身が気づくがトレーニング効果が向上させることができる。

聞く努力の大切さ
考えることの大切さ
行動する大切さ
成功を信じる心を持つ大切さを
そして、微笑むことの大切さを経験する。
このコンセプトで『夢・叶う』を追いかけます。

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夢・叶う 

明日からインターミューラル合宿。
今日、荷物をあずかってもらました。
9日間の思いを詰め込んで荷造りしました。
バックに『夢』を詰め込み、主催者の先生に手渡す予定です。

この合宿のテーマを『夢・叶う』としました。
『夢叶える』ではなく『夢・叶う』にした。
夢と叶うの間に打った『・』が大切な点である。
夢を持つことはやる気に繋がる大切な要素である。
しかし、夢を持つだけで必ずしも叶うとは限らない。
夢を持つ⇒叶うの間に実現さえるための努力が必要であり、成果として実感できて始めて、叶ったと自覚できるのである。
合宿の始めに『夢・叶う』が最終日に『夢叶う』になることを実現させる方法を学んでもらおうと準備した。
その準備したものがこの日預かってもらう荷物に込められている。

合宿先で荷を解くと夢実現の材料が飛び出してくる様にしてある。
24時間体制の9日間となる。
ワクワク感で一杯である。

明日から可能な限り、関金・三朝合宿ブログを更新する予定です。
いつもの様に朝から更新は無理かもしれません。
昼休み、休憩時の更新となります。
お時間が許せるならお読み下さい。

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腹八分目 

無知で何をどうしたら良いのかわからない。
知識が豊富すぎて、あれもこれもと考えすぎる。
どちらにせよ、主体がボケる。

無駄なことを極力さける。
提案したいことは何なのかのテーマを決める。

更にやり過ぎないことを心がける。
自他ともに、また、やりたくなるところで置く。

20%は残して、次のために残る。
やる気のタスキを繋ぐ。
腹八分目とは、日本人の継続への知恵である。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」と云うじゃありませんか。

この八分目には、質も量も時間も負荷もレベルもありとあらゆるものに適用される。
個人にもチームにも器がある。
器の大きさ以上のことをすれば、やる気や成果が溢れでて、無駄になる。
「覆水盆に返らず」である。

風船も空気を入れすぎると破裂する。
破裂しては、二度と空気は入れることは不可能である。
まだ、器に注ぐ液体なら溢れ出るだけで拭き取る手間がかかるだけである。
でも、
80リットルしか入らない器に100リットル注げば、20リットルはこぼれる。
このわかり切った事ができないのである。

日々の練習でも、同じことが言える。
選手、チームのキャパを超えてしまっては、思考ややる気や体力などが限界を超えることは明らかである。
もっと、やりたければ器を大きくするしかない。

どうすれば、器を大きくすることができるのか。
この説明の時に例に出すのが、自転車を始めて乗るである。
補助をつけて、ゆっくりと考えて、右、左とペダルを踏み、バランスを取りながら、覚えて行く。
一度、覚えると考えなくと、無駄な筋肉を使わず、時には、鼻歌を歌いながら、ウォークマンを聞きながら、時にはスマートフォンのメールを打ちながら、自転車に乗ることもできるようになる。
道交法違反になるのでご注意を。
でも、現代人はやってのける。
これもやり過ぎで事故を起こして、社会問題となっている。

やはり、やり過ぎはよくない。
夏場の練習は腹八分目で行きましょう。

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ゴールを終点としない。 

燃え尽き症候群の5月が終わり、部活を学校を会社を、辞めようが、辞めまいがあれから2か月が過ぎました。

夜が開けない夜はない。

嫌でも何でも朝は来る。

答えが出ないことを悶々と悩み続けている人も夜はふけて、必ず朝は来る。

時には悩むことは大切なことである。

答えを出すことを拒否して、答えをだそうとしない日を過ごしてほしくはない。

燃え尽きてほしくないのである。

例えば、高校入試、合格することが着地点(ゴール)とするから、次がないのである。
指導者、ご家庭の皆さん、ゴールが全てでないことを教えるべきである。
ゴールは次のステップの通過点に過ぎないを明確に教える、学ばせるべきである。

夜寝ることは明日のためである。

例に挙げた学校でも、合格し入学することがゴールではない。
次に何かを得るための階段を上がり、次の一歩のために踊り場にいるに過ぎない。
この踊り場で何をすれば、次に進める気持ちになれるかを教育機関、家庭、社会は教えるべきである。
勉強はそのためにやる。
学校は自分の進むべき方向性をこれで良いのかどうかを判断する学力を得る場であることをしっかりと教えるべきである。

自分で学ぶ姿勢を創れ、人に教えてくれないと非難せず、自分の道は自分で探せは極論じゃない。
最後の判断は自分ができる判断力のために勉強しているんだことを自覚してほしい。

スポーツの練習も同じである。
最後に判断するのは、自分である。
判断材料は提案してくれる人(指導者)は居る。
しかし、コートやグランドで判断して、プレイするのは誰かを考えれば、答えは明確である。
自分である。

燃え尽き症候群に陥ったのは、環境や指導者の問題じゃない。
自分であることを早く気づいた方が好い眠りと良い朝を迎えるチャンスが訪れる。


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優勝確率1⁄200を前提に確率50%へのチャレンジ 

優勝確率1⁄200を前提に確率50%へのチャレンジ

参加校200チームで優勝するのはたった1チームである。
その確率は0.005である。
1つ勝てば、0.01、2つ勝てば0.02、3つ勝てば0.04、…。
ベスト8で0.125 ベスト4で0.25 
優勝戦まで到達すると50%の確率で優勝のチャンスが巡ってくる。
一つ勝ち上げり、分母になるチーム数に平等に次に勝ち上がるチャンスは常に50%ある。
強いチーとされるチームにだけ与えられた50%という確率ではない。
進出したすべてのチーム与えられるものである。

一つのゲームだけを見れば、常に勝ち負けの確率50%である。
当然、勝ち50%負け50%で半々の確率である。
誰しも割り出せる確率である。

試合前の勝利の確率は相互50%ずつ与えられた勝のチャンスなのにマイナス要因が働いて
40対60とか、チャンスなし0対100という勝手な確率を割り出してしまう。
自分たちと相手チームを比較して、勝ち負けを勝手に決めているチームとよく出会う。
先入観で物事を判断してしまっている。
「無理、無理、無理」を連呼する。
あるチームでその県の過去の実績から1番と思われるチームと対戦して「勝つ確率は」と質問して「ゼロ!」と自信を持って返事をした選手がいた。
衝撃?の発言だった。
その理由は「強いから」だった。
「それが理由?」と尋ねると
「そう!」と胸を張って答えてくれた。

やる前から自己採点でゼロという確率を割り出している。
やる前は50%のチャンスがあると説明しても、
勝てないと主張する。
まして、やったこと(対戦)もないのに決めつけて返事をしている。
誰がやる前から勝敗を決めているのか、
「皆が言っているから」とか「いつも強いから」とか「全国常連だから」とか
そんな返事が返ってくる。
さびしいですがこれが多くのチームの現実である。
指導者として常にある50%のチャンス確率を51%にして勝機を見つけ出す努力をする、させてほしい。
諦めない確率でその方法を具体化し、チームに提案してほしい。
チャンスを捨てないがコンセプトである。


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理不尽さ? 

「時間を守ろうよ」と注意すると
「なんで、私だけに言うのよ」と向かってくる。
別に理不尽なことを要求している訳じゃないのに
私だけに「なぜ注意するのよ」と食って掛かってくる。
学校の校門でよく見かける風景である。

職場でも形は違えども、「なぜ、私だけ強く言われなきゃならないの」と詰め寄ることもある。

ここで怯むと時間というルールは崩壊する。

会社なら減益になる。
タイム・イズ・マネーの原則が崩れる。

学校ではモラルの低下で学力への影響が強く表れる。
教室に次々と遅刻してくる生徒が入室するたびに授業が止まる。
真面目に受けている生徒に影響がることなんてお構いなしである。
そのくせ、自分が遅刻を指摘されるとふてくされる、暴言を吐く。
ますます、正常な授業が成立しない。

『時間を守る』が理不尽な要求だと誤解している生徒が社員がいることはすべての面でマイナスであることを理解させなければ、崩壊する。

「なぜ、私だけに注意するのよ」に対しては
「君だから注意するんだよ」と返答する。
君だからできるはずを強調する。
必要な存在であることを言い続ける。
でも、図に乗らない程度でやるべきことを伝える。

時間を守ることのたいせつを伝える。
そして、時間を守ることで得られる信頼は財産であることを強く言う。

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エンパワーメント 

エンパワーメント
与えられた業務目標を達成するために、組織の構成員に自律的に行動する力を与えること。ビジネスにおけるエンパワーメントの特徴は、「自律性を促し」、「支援する」ことにある。
「自律性を促す」とは、業務の遂行に当たって経営者やマネージャーが業務目標を明確に示す一方、その遂行方法については構成員の自主的な判断に委ねることをいう。

エンパワーメントの学生スポーツや部活動における
スポーツチームマネジメントでのプレイヤーの自主
それは個人練習である。
学生における自主練習である。
プロがこの力を発揮すべく、個人的のトレーニングは当たり前であり、その場をチームとして支援する環境を整備する。それを個々のプレイヤーがどう活用するかが問われる。
当然、結果を出すための自主である。チームと個人のバランスである。
結果を問われるが結果を出す環境提供、支援はチームが行う。

この企業におけるエンパワーメントの考え方は当たり前のように行っていた環境は私の生きてきた場にあった。
朝練習の場を与える。
指導者として、5時に起床して、6時には体育館の鍵は開ける。
そして、学校での1時間目まで、部員がどのように体育館を使おうが自主に任せる。
もし、望むなら個人レッスンやコーチに応じる。それはあくまで部員の申し出がなければ応じない。また、一部の部員に偏ることはない。平等である。

この言葉を知ったことで新鮮さはないが、実践した成功へのスキルを持っていたにすぎないと再確認した。
だから、成果の出る確率が高かったと考える。


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主体は誰。 

教えるのは、指導者やコーチや先生であっていい。

主体になるのは、部活なら生徒であり、チームなら選手である。

とは言っても、選手が好き勝手やって良いとは意味しない。

チームの方針や方向性を決め、立案するのはチームスタッフであり、指導者が決めて行くのは当然である。
でも、ゲームをコートやグランドでプレイするのは選手がある。
トレーニングを指示し、戦術戦法の命令系統トップに立つのは監督や指導者である。
当然、勝利の可能性を導くだすのが仕事であり、役割である。
だったら、主体は指導者と位置付けるチームも存在するだろう。
否定はしない。

のびのびプレイで勝者に的報道は高校野球などで記事にされることはよくある。
ここで誤解してはならないことがある。
決して、選手が好き勝手な伸び伸びプレイを意味するものではない。
特に全国レベルではあり得ないことである。
指導者が心のあり方、プレッシャーのある状態を如何に競技スポーツ、勝ち負けを楽しませるかを方針にすぎないことを見失ってはならない。

特にミニ・中学・高校のチームでは、指導者の占める割合は非常に高い。
でも、プレイをするのはその年代の、年齢の選手である。
プレイする楽しみ方を共有出来る関係を提案したり、考えたりチームとして取り組みことが重要であり、大切である。

一体感の構築をテーマにすれば、選手、指導者が共有できるものを持つことが必要となる。
チームの方針を提案するのが、指導者であり、
チームでプレイをするのが選手である。
この簡単な構図を描くことに出来るマネジメントが必須である。
更に指導者を指導する立場、チーム運営者の存在が重要になる。
オーナーの存在である。

すべての存在がごっちゃになっているが大半の日本のスポーツ界の現状である。
今後、明確にすることがある求められる。
いや、既に求められている。
チームマネジメントを考えて行きましょう。

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Who knows what 

トランザクティブ・メモリー(交換記憶)
「組織の誰が何を知っているのか」を活用する。
自分だけの能力では、限界がくる。
チームをトータルで育てる。
自分にはないものを持った集団でチームを育てれば、チーム一人一人のためになり、組織は活きる。
誰(スタッフ)がチームに役立つ知識を知っているかを把握して、その知識や指導力を活かして、育てる。
チームに高いレベルに達しないスタッフがいなければ、外に求めて、その知識を役立てれば良い。

例えば、指導者がバスケットボールにおける『間』を選手に教えて試合で発揮させたいと考えた。
ところがうまく伝わらない。
そこで空手の師範に依頼して、拳で打たれないが打てる間を教えていただいた。
空手の真剣勝負を取り入れた。
バスケットボールと空手?と思う指導者には何を言っても理解されないが、これを取り入れたことがきっかけでチームは力強くなり、チーム力は上昇した経緯を知るものにとっては有効的なことであった。

自分には教えきれないことはあると知る。
そこで諦めれば、チームのレベルはそこで停滞する。
それで悲しむのは誰なのか、自信をきっかけを失うのは誰なのかを考えれば、解決は早い。
でも、チームに必要と思えばこそ、チームのためになればと思えばこそ、部員が、選手が、生徒が上手くなればと考えれば、取り入れるキャパは持っていれば、チームは勝てる。
私はどれだけ、知識を持つ人に助けられたか。
それが人間関係である。
人的財産(ヒューマンチェーン)である。

指導者としての能力を把握して、自分にはない能力を外に求める。
それは誰のため、部員や選手のためである。
出来ないと嘆くことはない、できる人を呼んでくれば良い。
それもチームマネジメントである。

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現状打破 

なぜ、成功したのか。
その時の状況から、何もなかったから、何に対しても気使うことなく進めることができたからと答える。
元々あるものを改革しようとイノベーションを起そうとすると壁は直ぐに現れる。
ぶち破るはかなりの困難さが襲ってくる。
継続させながらの変化に立ちはだかるのは、前例である。

では、前進を妨げる前例とは。
以前からあることを続けていると当たり障りなく物事が進んでいく。
そうすることにより、居心地がよく、労力は少なく済む。
前例になった時のしんどさを知っているがゆえに、改めて変える必要としないと多くの人が判断している。
前例通りでバランスよく、前向きに動いている時は、それなりに満足感は得られる。

ところが、変化が起きているのに、変化に対応することを拒否して、まだ、前例を押し通そうとすると崩壊が始まる。
一度、前例が崩れ出すとどうしようもない状況が発生する。
崩れ出す直前時に、危険信号は発せられているのにも関わらず、現実を直視しようとしない集団は崩壊する。

過去の前例が残る組織にイノベーションを起こすことは、並み大抵の努力では起こせない。
一度、過去を清算するしかない。
でも、現実に今、あるものを潰す作業はほとんど不可能である。
革命を起こすしかない。

継続した集団やチームが過去を引きずりながら、脱皮して、改革を起こして変化を求めるには、
クラッチ的見解ではあるが、3年の努力とあと二年、計5年の継続的改革が必要となる。

良いところは残すを認めると前例主義が再び頭を持ち上げる。
過去の良いところも、言葉や用語を変える、部署(名)を変えるなど、過去を思い出させるようなことは積極的に省く努力は必要である。
その努力とは、前例主義を引きずる人を説得するか、会社なら配置換えを実行するしかないだろう。
教育界なら転勤、もしくは、進学年度から改革を始めるしかないだろう。

部活チームはどうだろうか。
結構、改革は取り組みやすいのではと考える。
毎年、チームメンバー(部員)が入れ替わり、新年度がスタートされる傾向にある。
昨年までと異なる体質を導入させる可能性は秘めた組織である。
だから、突然変異的に強いチームがデビューする可能性はある。
過去に何度か、その様なチームを見た経験がある。

その突然変異的チームを導き出すのは指導者である。
そのチャンスをものにすれば、新たなる前例を構築させることはできる。
変化をキャッチして、イノベーションを起こしましょう。

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問いかけると横を向く 

グループに一つのテーマで話を進めて行く。
進行役として
ある時間帯に指名して質問や意見を求めると「わたし?ですか」って言いながら、横を向くいて手を横に振って質問を拒否する人がいる。
別にその人が悪いのではないが、 雰囲気がそうさせるのかなと反省する。

次に困るのが「皆が言ってる」的発言で一斉に世間一般論で同調が始まる。
「ねぇ、そうでしょう」とみんなに同意を求めて反論の入る余地がなくなる。
自分の言いたいことを人が言っているに変えていく。
そうすれば、反論されても、「みんなの意見ですから」と逃げ道になる。
自分に非難や意見が集中しないようにする。
益々、重たい雰囲気が漂う。

皆とは、具体的にどのような人ですかと問いかけると心を閉ざされる。
これも文化なのか、結論が出ないのに会議の時間だけが長引き、最後に拍手を持って同意を求める曖昧さでシャン、シャンで終わらそうとする。

この風潮をなくさない限り、発展的な会話にならない。
実は何も決まらないままで、モヤモヤ感だけが残る。
結論なき会議が文化なのか、場の雰囲気を感じろよ的な終わり方がストレスとなる。
時間切れ拍手同意を求めて、流れ解散で合意を得たと決められてはたまらない。

この大人の文化を次世代に残さない。
自分の意見を転嫁して、人が言ってる的発言を言わせる文化をなくさないと人は育たない。
人目を気にするばかりとなる。
意見を戦わせることで個を伸ばすことができる。
発言する人が嫌われ者になったり、はぐれ者にはならない。
その上でグループ、チーム、組織などを育てていかないと発展は望めない。


category: オフィスKURACH

温故知新、リフレッシュして大阪へ 

いぁ~2泊3日北海道楽しませていただいております。
昨夜の宿

昔話に花が咲き、また、頑張ろうという気になりました。

リタイヤした人、病気がちな人、現役で活躍する人などなど、エキスをたくさんいただき、帰阪します。

昔話が最高のお土産です。

7月31日から8泊の合宿で今度は高校生の若さと向き合い、未来に託します。

指導者の先生方に伝えること満載のクラッチ脳です。

諦めなければ、『夢叶う』、今、何をすべきかを気づけば、夢を引き寄せることが出来る。

諦めて何もしなければ、悔いだけが残る。

悔いを背負って日々過ごすよりも、失敗の挫折感を背負って悪戦苦闘する方がきっと何かが残る。

それが夢を引き寄せるヒントである。

そんなエキスをいただいた3日間を楽しみます。

category: クラッチのつぶやき

今、函館です。 

今、函館に居ます。

もう20年近く前になる転勤した学校で始めて、付き添った修学旅行の地が北海道函館だった。

その時に泊まったのが湯の川温泉

それ以来、毎年のように宿泊地している。

そして、今夜は札幌北広島に移動して宴会である。

出身大学がインカレ初優勝した時のキャプテンの声掛けで、当時の4年~1年生までが集まる予定である。

楽しい昔話に花が咲くことでしょう。

後日、また語ります。

category: クラッチのつぶやき

思い込み 

新しい出会いが間近にくる時、

色々なことを思い巡らす。

ワクワクする瞬間である。

期待感を持つ瞬間でもある。

不安がよぎる。これも本音である。

何かに押しつぶされそうになることもある。

その時、先入観や思い込みで自分にとって都合の良いことだけを先行させることを可能な限り、避けるように心がけている。
更に人が吹き込んでくる噂や押しつてくるイメージを受け入れないように心がける。

噂は噂であり、事実ではない。

自分で確かめたことで判断するように心がける。

信頼する人が忠告として、客観的判断材料となるものを資料として留めるがすべてを判断する材料とはしない。

先入観で判断しない、判断は分析後でも充分である。

ただ、即判断を求められる時はある。

その時でもその場で判断する時間をつくろうとはする。

そんな時でも、思い込みや先入観を重要視して判断はしない。

見る目、聞く力、経験値からの判断力などでフルに活かして、判断を導きだす。

そのトレーニングを日々繰り返すことで墓穴を掘らない、失敗しない可能性を高めることはできる。

先入観や思い込みで判断しようとすると想定外のことが起きて、パニックに陥る結果となる。

思い込みや先入観と事前データを持って対応するとは、少し異なる。

思い込みや先入観は、一か八かで、ゼロか100のような気がしてならない。

やる前から絶対はない。

目の前で起きる事実は流動的である。

その場で起きることへの対応力を事前に鍛えることは必要である。

しかし、思い込みや先入観では判断しない習慣づけは、大切にしている。

その結果、怯むことなく、対応できる行動ができる確率を上げることができた。

これはあくまで個人的見解に基づいての判断基準である。

何が起きるかわからない現場で体験した結果に基づくき、判断基準である。

category: オフィスKURACH

出来るに賭ける。 

初めて出来たことに立ち会えて喜べる日々は、出来ないと嘆く脳内スペースを狭めるような気がしてならない。
その時にできなくとも、出来るかもの可能性にかける効果が出てくる。
人が投げ出しようなことでも、ひょっとして、できるかもパワーが出てくるのは、小さな成就感体験の積み重ねからである。

貴方は出来るに賭けますか、
出来ないに賭けますか。どちらに賭けても、
他人である私には、どっちだって構わない。ご自由にって感じである。
ただ、出来るを信じて、悪戦苦闘、切磋琢磨している人に手伝いたくなる。
それが指導者の使命であり、仕事である。他人事に思えない日々を過去に体験した。

出来ないから、成果が出せないと思い込んでいませんか。
出来ないと中にも、体験していないから、できない人も含まれていることを忘れてはならない。
一律に枠決めをしてはならない。
出来ると思い込んで、出来るふりをして、結果を出せない人は結構多い。

初心者が、経験者を追い抜くことなんて、たくさんある事実と多くの人が知ることである。
初心者をできない人として、見ている人はいつか追い抜かれる体質を持つ人である。
経験者をできる人扱いする人もいつか破綻を招く結果が訪れる可能性は多く秘めている。

チームとして、機能するには個を認めるが基本的コンセプトである。
認めるとは、努力する姿勢を認めると事である。
個を認めたり、活かすことは、優越感を持つことでも、劣等感を植え付けることでもない。
姿勢を認めることである。
あなたはこのチームでないができるのかを意識させることができる、チームに活力を創る。

いつの時代であろうとも、どんなチームであろうとも、どんな立場であろうとも、
出来るという可能性に賭ける姿勢を貫く。
賭けるとは、博打ではない。
姿勢に託する姿勢だと心得て行く。


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その気にさせる。 

能力がないと信じている部員を出来るに変身させるには、その気にさせるにはどうすればいい。

簡単な事である。
やれば成功するパターンを提供することである。
誰にでもできて、楽しそうな練習メニューを提供すればいい。
そんなものあり得ないと考えて欲しくない。
テレビゲームを想像して見てください。
誰にでもできるから、面白いし、夢中になる。
ゲーム機のボタンを押せば、TVの画面でキャラクターは動き出す。
動かせば、それなりに動き出し、結果は出せる。
繰り返し経験すれば、ゲームポイントは向上する。
こどもでなくとも、大人までもが夢中になるのはそこである。
簡単で誰にでも出来て、面白く、夢中なれる。
達成感も結構持てるとなれば、のめり込む。

練習メニューにゲーム性を持たせて、取り組めば、成果が出てくる。
そして、競うこともできる。
そんなことを考え続けていた。
それはモチベーションの維持と向上のためであり、誰にでも成功者になって欲しいからである。
成功体験を繰り返して、効力感を構築させることができれば、諦めない体質はつくれる。

考えてみるだけの価値はある。

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回数を上げる。 

競技スポーツ、バスケットボールの勝者になるための指導ビジョンはボールを保持回数を上げろである。
短い時間でシュートチャンスを創る。
そして、長い時間、守る。

クラッチ式勝利へのビジョンである。
言葉にすれば、攻撃に時間をかけず、守りに時間をかけろである。
それを繰り返す、一つのクォーターでオフェンスで25点を目標にする。
1ゲーム100点を求める。
弱いチームが100点は無理ですよの声が聞こえてくる。
無理な設定をするから、練習が成立するし、ゲーム計画が立案することができる。
無理をしないと勝てないのが、能力の低いチームが持つ定めである。
無理が承知で取り組まないと勝てないのが大半のチームである。
ほとんどのチームが強いチームが勝つと信じ切っている傾向がある。
勝ったチームが強いチームだと信じて、指導ビジョンを構築させ続けた。

なぜ、100点なの?
バスケットは40分を4つのクォーターで戦う。
1分でフィールドゴール一本取れば、80点が獲得できる競技である。
更にもし3pシュートなら、120点がごくごく普通のチームでも理論上は可能域である。

ごく普通のチームにチームでも1分間に3Pシュート決めてみようと言えば、できそうだと選手は答える。
そう、出来そうなことをコーチとして要求しているだけなのである。
とんでもないことを要求しているわけじゃない。

全てシュートを決めろ、100パーセント決めろと要求すれば、誰だって、私だって、そう思う。

15秒で1本のシュートを要求し、4本に1本の確率でもいいよと要求すれば、どうでしょう。
25%の確率でも80~100点は可能に出来る。
この考え方を具体化することに実戦型メニューを創案に精力を費やしていた。

思えば叶う。
叶えるための努力をする。
それが勝者への道を引ける。
諦めると何も生まれない。
諦めなければ、成功者になる可能性を高めることはできる。
それが指導者としての理念である。

category: オフィスKURACH

比較して嘆かない。 

隣の庭はよく見える。

チームの選手能力が低いと嘆かない。

低いと思うなら、鍛えれば良い。

それが指導者の仕事である。

個々の能力差があれば、差を埋めるために何を鍛えれば、差が埋められるかを考えれば良い。

どうしようもない差はあるでしょうと諦めたことはない。

試合で何が起きるかもわからない。
同世代の選手が戦うのだから、何が起きるかもわからない。
長く指導してきた中で、試合前から勝てないと判断したことは一度もない。
常に勝てる術はあると悪戦苦闘することが常々だった。
今もそれは続く。
結果として、敗退することがあったとしても、勝率がゼロ㌫ではない。
勝者になるための努力をしている訳だから、最善を尽くことを自分にも、チームに求めるのは当然である。

諦めかけるチームを奮い立たせるのは、単なる精神主義ではない。
分析と確率で何をすれば、勝つ確率を上げることができるのかを考える。
それが指導者の仕事である。

対戦相手のデータは必要である。
それも大切であるが、能力差を知ることになり、チームのモチベーションが低下することになりかない。

自分に何ができるかを示した方が戦う姿勢を構築する可能性を引き出すことが大切である。

190cmと170cmがリバウンドボールを戦えば、かなりの確率で190cmが勝つのは誰でも考える事である。
ところが勝つ術があると判断して、そのメニューや考え方を教える。
すると必ずしも、190cmが勝つとは限らないことを知る。
その技術を教えれば、選手の意識は変わる。
ちょっとした工夫でリバウンドボールを確保する可能性があることを教える。
その考え方を広げて行けば、勝つ確率を高くする可能性を引き寄せることは有る得る。

category: オフィスKURACH

教訓はコートにある。 

日々是勉強。

スポーツ指導者はコート、グランド、施設で悪戦苦闘の日々を過ごしている。

現場に立たない指導者はいない。

コートで繰り広げられる取り組みが成果を出せるか否かは、選手や部員のモチベーションに直結している。

「言っていることがなかなか、伝わらなくって」と悩む指導者は多い。

伝わらないストレスがコートに充満すると何が起きる。

コートに立つ選手は心を閉ざして、その場逃れの返事だけがクローズアップされてくる。

「わかっているのか」と指導者の声が飛ぶ、
「はい!」と大きな声で反応が返ってくる。
反応がないより、ある方がましとこの大きな声に騙されてはいけない。
指導者の要求への、その場逃れであることが多々ある。

コートに立つ選手は、「わかるように、言ってっよ」と心で呟いてかもしれない。

コートにある教訓である。
伝えるを教材にする最高の教訓である。
大きな声で指導者への返事は魔物である。
指導者のアドバイスを受け入れて表現すろのはプレイであり、行動である。
それを見てから、判断すべきである。
その場逃れの返事での返答だけを求めてはならない。

教訓、答えはすぐに求めてはならない。
機能するまで、悪戦苦闘する部員や選手の行動を見てから結論を出す耐性を指導者は持つべきである。
答えは、コートで示せの姿勢を貫く。
コートを離れた場所でも、同じことが言える。
チームに所属している限り、その行動はチーム方針は継続されている。
これ当たり前である。
そも趣旨は、伝えられ、実行されてはじめて機能する。

夏休みなど、長期休暇時に実施される合宿や遠征は絶好の『徹底』を実践する、絶好の機会である。

コートで起きる出来事は氷山の一角である。
コートでベストパフォーマンスを求めるのなら、私生活に目を向ける。
合宿中の選手の部屋を覗いて見て下さい。
乱れがある部屋があれば、コートでベストを求めても成果は得られない。
こうれ教訓である。
片付けられない部員がいれば、そこを正せば、コートでの姿勢は変わる。
部屋の片付けやコートに片付け状態に目を向けて見ましょう。
其処に『徹底する』教材は転がっている。

自然体で出来るまで、心に響く言葉で『伝える』を指導者側の教材として、取り組まれてはいかがでしょうか。
部員も、指導者も成長する場がコートにある。
教訓を教材として、受け入れてチーム向上の材料を提供する。
それが指導者の使命であり、仕事であり、貢献であり、役割である。
それは誰のためか、部員のためであり、生徒のためであり、チームのためである。





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準備通りにいかなくても準備する 

準備する、しない。

した方がいいに決まっている。
これ、経験からくる結論である。

チームを運営するなら、予定という準備を伝える義務がある。

最低限、日程・日時・場所が記入されているものを配布されなくては、チームは動かない。
所属する人なら、チームの日程に合わせて、私生活を組んで行くのが本来である。
所属する人の中には、私的立場を全面に出し、自分の都合を優先させる人は居る。
そのことは別に話すとして、今日のテーマは計画性を準備するで進めます。

日程・日時・場所欄プラス、この日に何をするかの欄を加えたものをプリントして配布する。
体育館・部室・教室・職員室などに貼っておく。
それのプリントは必ず、本人・保護者用(家族用)を準備する。
更に保護者から受け取り確認書を添付して、回収する。
回収なき選手・部員・生徒は参加させない趣旨のことも邪魔くさくとも配布回収を必ず実施する。
特に部活動においては任意の参加なので強制ではないが、最低ルールとして日程の理解と参加が当たり前である。
常識であることが、崩れている時代だからこそ、確認絶対的に必要である。
そうすることで、意識は構築される。

更に連絡網を付け加わえて、緊急時対策とする旨を書き加えたものを配布する。
※電話番号拒否する人には別の手段を講じる。
そこまでやる必要性があるのか、あります。
もし、事故や怪我や熱中症などが起きた時の連絡網は絶対に必須条件である。
私に経験からどれほど役に立ったことか。

最後に今日のテーマである、準備に計画性を加える。
その欄を加える。
高校生部活において、書き休暇中に公式戦がある。
成果を出すための計画性を加えておく。
合宿・練習試合の目的、練習内容などを明記したものであれば、頑張り時が自覚できる。
更に長期休み明けには、中学、高校なら宿題提出や実力テストなどが待ちかまえている。
その対策が書かれてあれば、保護者からの納得も得ることが可能となる。

ここからが問題である。
計画倒れにならないために日々の確認が必要である。
それがクラブノートの存在である。
一昔前は夏のともの存在があった。
それを真似て、クラブノート夏季休暇編を配布した。
夏に終わりに提出では一気に最後に書く者が現れる。
私は日々提出を義務付けた。
これが強さを生み出す、耐性構築に多いに役立てた。
保護者も理解を多いに示していただけた。

是非、実施なさって下さい。
チーム創りが成功する必須アイティムの一つでした。

最後に健康カードの提出を義務付けた。
簡単形式で、昨日、寝たか、食事の状態は、今日の気分は、勉強したかなどなどの出して、始めて練習に参加できることを義務付けた。
毎日続ければ、ごくごく、普通のことなる。
これも成果を出せるアイティムの一つであった。

邪魔くさいことを当たり前にする。
これヒントである。



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学ぶ前に学び方を 

漫才師ダウンタウンの前節DVDに興味津々。

客を温める、弟子・若手などで真打が出てくる前に会場を心行くまで笑いの雰囲気を作る。
それを前説という。

ダウンタウンは自分の番組(ダウンタウンDX)で自分たちの番組の前説をずっと自分たちで行っている。
そのDVDで前説集が配信されている。

私は彼らの姿勢に興味を持った。
漫才師としての笑創りの姿勢を強く感じた。

ゼミナー・クリニック・講演などで受講者の興味付に彼らの姿勢から学びを教えられた。
スポーツ・コーチング総合研究所のクライアントの皆さんは、教員の方を含む、指導者を目指す人、現役指導者の方が多い。

教室で、コートで悪戦苦闘、情熱を傾けられていることがこのダウンタウン前説から連想されるである。
生徒や部員や選手が如何に学ぶことに興味を見てるように工夫されている。
学ぶ姿勢構築は永遠のテーマとなっている。

ところが勉強の姿勢、学ぶ姿勢が伴っていない教室、講義室の雰囲気ができずに時には崩壊が起きることさえある。
大学なのに学びを直しを本来のアカデミックな講義を展開する前に基礎学力を高校に戻って教える大学が多いと聞かせれている。
深刻なのは、何を学ぶなのかが理解できていない学生が進学してくるケースが多く、学び直しコースが設置されている。憂うべき状況では…。

小学校、中学校、高校でも教室で勉強する姿勢が欠如の生徒が多い場合には当然、授業は成立しないでしょうね。

学ぶ前に、学び方が必要な状況が教室、コート、グランドにある。

漫才師ダウンタウン前節から学ぶべき、教える側の姿勢が教科論やコーチングスタイルの大切さが潜む。

教室を学びの姿勢で溢れる状況創りは前節にありである。

ダウンタウンから笑を取れというのではない、学びの姿勢創りが学ぶ楽しさが出来上がり、学力向上や部活の成果を構築させると考える。

自作自演が教室、教える場の必要性を強く感じる。

講習講演で前説精神を一つの課題としている。




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計画に組み込むルーティン 

自分が持つ成功のルーティンを信じられるパターンを続ければ、成功確率を向上させる。失敗の方向にぶれるのは、パターン化されたことを自ら放棄し、別のことを始めると失敗が待っている。自身の成功の法則を定点として持つことが大事である。そうすれば、反省材料を次に生かせる、改善材料を構築できる

ルーティン化すると行動が単調であると指摘する人がいる。視点の方向が多方面向いて、我を忘れる傾向の強い人は、一定の行動パターンを自ら創るべきである。そうすれば、周りの変化をキャッチできる能力を育てることができる。一定化して変化への対応ができない時の工夫と改善は必要である。

ルーティンは一定時間の継続が必要である。一定の時間軸の中で成果を出すためのものであって、できないから『やめる』では意味をなさない。成果が出るまで続ける耐性は必須である。成果がだせない時には反省と改善を加えて、新たなルーティンを構築させることが成功へと導ける。

私のコーティングルーティンは3-3-1休の繰り返しでスキルを提供することである。3日集中し、終われば、次の三日集中を提供する。そして、休ませる。言葉はなじまないかもしれないが『三日坊主、上等』を心掛けている。大枠の方針が決まれば。細部はいかなる方法でも成果は出る。

それがルーティン化の大切な理念である。

夏休みの計画立案のご参考に是非、どうぞ!

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計画に理想を 

間もなく、学校関係は夏休みに突入…。

とは言っても7月一杯は休みとは名ばかりで補充授業が計画されている傾向が続く。

午前中、授業、部活動は午後となっているようである。

部活命の指導者にとっては、歯がゆい日々を過ごして十分な時間が確保されない傾向にあるのでは…。

そこで、計画を明確にし、オーバーワークにならないように配慮が必要である。

そこで、力を発揮するのが魔法の計画書である。

部員向け、かつ、保護者向け、かつ学校関係者向けに配布することである。

部活方針と方向性を明確にして、実施日と時間と内容を知らせる。

特に、配布は終業式当日では遅すぎる。早めに立案して、手渡すべきである。
さらに、保護者が確実に手にする手段を考慮すべきである。
ここが部活動成功の味噌である。
「知りませんでした」トラブルに悩ませれないようにする。
理解されるには、協力者になってもらう必要がある。
顧問一人が悪戦苦闘する必要はない。
運命共同体としてのステークホルダーになっていただくことである。

夏休み前に必ず実施する保護者会で、部活動の方針などのを伝え、協力を求める。

なぜ、お盆まで練習なのか?などが必ず質問として浮上する。
さらに3年生の進路にかかわる質問などがある。
明確な返答より、この方針で、この日程で、この内容で、このような成果を求めての計画であることを先に伝えることが重要である。

休み中の時程は、5日活動1休みのパターンで公式戦から遡った日程を明記、
熱中症対策、食生活、学習時間確保、公式戦目標などを細部にわたり、分かり易い内容のパンフレットを作成して、配布する。
配布後の徹底を家庭に求める。
特に緊急対策としての連絡表を作る必要性がある。結構、機能した。
例えば、合宿移動中に渋滞に巻き込まれて時の連絡は好評であった。安心を明確にさせる機能を提供する。
非常に大切な要因の一つである。

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成功の三本柱 

教育・訓練・成果
が成功への三本柱と書くと抵抗感を出す人がいる。
でも、企業では当たり前の観念である。

教育界では抵抗感のある言葉ではあるが、
教える・学習・教育効果と言葉を置き換えると受け入れられる。

どうも、訓練という言葉の響きに強制するが連想されるようである。

訓練をスポーツ界ならトレーニングなら何ら抵抗を抱かせることはない。
トレーニング効果を得るために科学的分析を加え、効果を出すための徹底力が必要である。

言葉で楽しさであったり、全員であったりを強調したとしても、徹底したイズム(指導方針)は必要である。

教育・訓練・成果の三本柱を考えてスキルアップしたメニューの提供を指導者は志すべき姿勢である。
それは誰の為にを考えれば、簡単な結論である。

全ては指導的立場から、教育機関なら生徒や学生、スポーツチームなら選手、会社なら社員の為である。

この三本柱を機能させる為に指導者の人間性、その気にさせる指導方針などが加味されて、成果を引き出すことが可能になる。

厳しさを連想させると成果を出すまでに指導される立場の生徒や学生や部員が心を閉ざす傾向にある。

教えられる立場にいる人も、厳しいトレーニングの必要さは頭では理解している。

強制的にというイメージが先行すると心を閉ざす、だからとトレーニング効果の必要性にせまり、その気にさせれることななれば、違った結果、やる気を引き出すことができる。

端的にいうと公式戦で成果を出せる、考査テストでいい点数を出せることにつながる。

脳に頑張るれば、成果を出せるという効力感をインプットできれば、いい結果を導き出そうと脳は動く。

しんどいやきついなどの思いは脳が判断することである。
体力的に学力的に限界があることも事実であるが、しんどさへのブレーキきを少し和らげて、もっとできるの感情を脳が覚醒し、さらを命令する可能性はある。

頑張って、勝った時にはしんどさよりも満足感でしんどさを忘れていることを体験することも多々ある。
それをゾーン現象で表現される。
この現象を引き出すのも、厳しい、ハードなトレーニングあってのことである。

厳しさを先ずは理解させることであり、成果ありきの方法論を理解させることが大切である。

教育・訓練・成果をその気にさせる指導者を目指していただきたい。

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明日という未来は、誰もが未知。 

五歳の子であろうが、

十歳の小学生であろうが、

十六歳の高校生であろうが、

二十歳の人であろうが、

幾つの年齢の人であろうが、明日は、未来は、未知である。
そう誰でも、明日は何が起こるかもしれない。
過去に経験したこととは、異なる、未経験なことが起きるかもわからない。

多くの経験への尊厳や尊重を忘れることはない。
経験値が高いから対応する力は、年齢の高い人の方が良い結果に導ける確率は高い。

明日、何が起きるかもわからないのは、年齢、性別など関係なく未知な朝を迎える。

生きるもの全ての人に平等に明日は来る。

その日を豊かに過ごせるかは、人によって異なる。

だから、昨日までの努力を明日に結びつける朝を迎えましょう。

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読み聞かせの如く 

子供は絵本や昔話を読み聞かせから想像力豊かに育つ。

その子供の目の輝きは、未来への宝物である。

大人になるとは、子供の頃に親から、爺婆から、先生から聞かされた読み聞かせの話を忘れて行くものなのか。

いや、そうではない。

聞かされて、抱いたイメージを広げていく感性は失われるものではない。

例えば、部活のミーティング、その日の反省を物語風に指導者が語れば、幼い頃の読み聞かせが蘇り、心地よく指導者の言葉が入ってくのではないだろうか。

私は、指導者時代、心がけたのが物語風に語るである。

「昔々、こんな話があったとさ」の定番の話し始めを取り入れて、
「こんな出来事があった、みんななら、どうする?」
「こんな風に隣の子は解決していったさ」
「めでたし、めでたし」
的な指導者の話なら、聞く耳を持つかも知れない。

子供の頃にフィードバックすれば、純な心が浮上してくるかもしれない。
少なくとも、クラッチが指導者の時代には物語化して話していたことには間違いない。

原点は読み聞かせが培った豊かな感性構築である。

知り合いのお母さんは寝る時に子供たちが「おやすみなさい」と言うと
大阪弁で「ええ夢、見いや(いい夢みようね)」を寝る時の言葉かけをするという。

成長した人に話する時に、子供っぽい言葉で話のは、失礼である。

しかし、読み聞かせの姿勢を織り込んで話しことは、構わないと理解している。

ミーティングにストーリー性を組み込むことで、部員や選手の心に印象強く残り、明日への頑張りを引き出せるかもしれない。

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平成25年度バスケットボール第66回インターハイ大分大会組合せ 

平成25年度第66回高校バスケットボール選手権大分大会
7/29〜8/3
大会組合せが発表されました。

暑い暑い夏に、高校生の熱き戦いがやって来る。

チームの皆さんのご健闘を心からお祈りいたします。

各地を勝ち上がった来たチームの頂点に立つのは…。


⇒インターハイ男子

⇒女子

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なりふり構わず 

なりふり構わず、直向きに行動すると気持ちを寄せてくださる人が現れる。

現れなければ、行動パターンを変えて見る。

方向を転換したのではなく、改善しただけである。

悪戦苦闘の中で響きをキャッチしていただいた人との絆は固い。

生きて来た環境には頑張る人がいた。

もっと出来るを提案するのが仕事だった。

成果を出せたことに一定のパターンがあった。

やれば出来るを認める。

成果を自分で認識できれば、自信が生まれる。

自信を持とうと言っても、成果を出せるものが無ければ、そう簡単に言葉で言うだけで持てるものではない。

なりふり構わずの行動が自分のためじゃなく、人のためへの貢献であることが成功の秘訣である。

自分を大切にする前に、人を大切にする。優先順位を人にする。
その行為だけで人の心を動かすことが可能となる。
自分を優先させると反発が襲ってくる。
一度、反発を招いてしまうと修復だけの作業が残る。
人からするとお節介としか、受け止めてもらえないことが多い。

人社会で成功者になるには、人への貢献が認められることである。

更に人の能力を認めて、その力の発揮場所が必ずあることを認めることである。

能力の発揮が自信となり、その人の表情が変わる。

明るくなる。明るくなるのは、やればできるを自覚できたからである。

その数をなりふり構わず増やして行けば、社会は変わる。
社会とは、学校であり、会社であり、チームであったりする。
一日一人、輪を増やせば、一年で360名程の人の輪ができる。
いやもっとできるかも知れない。

なりふり構わずは、人のために自分をさらけ出せるかである。

いい方向に変えたければ、自分が変わることである。


category: クラッチのつぶやき

底力 

土壇場に力を発揮する。

底力である。

崖っ淵に立たされて、選択を誤れば大変ことになるが成功への道を広げた。

どちらを選んでも、マイナスの要因は残る。
どちらかを選べば、最悪は回避の確率は多少とも広がる。
究極の選択での決断であり、逃げることを選ばなかった時に発揮できるチカラが底力である。

このチカラは偶然に引き出せるチカラなのか。

究極の選択積み重ね、選択した結果に最善を尽くすトレーニングの成果として、土壇場でチカラが発揮できると考える。

競技スポーツのトレーニングは選択する力を鍛えているとっても過言ではない。

勝ち負けが伴う競技スポーツで良い結果を求めるのは、負の要因を打ち破るか、自分たちの力を信じて貫くか、偶然はないと考える。

負の要因を抱えながら、最後まで諦めない姿勢が底力である。

怯まず、冷静に覆そうと可能性を見つけ出し、チャレンジする姿勢は何処から生まれるのか。
持って生まれた運、能力、それも要因の一つであろう。
でも、指導者として、あえて云う。
底力はトレーニング成果として、培うことは可能である。
最悪の条件で成果を出すスキル、メニュー、理論を叩き込めば、出せるチカラである。

競技バスケットボールにおける想定練習の条件練習を最悪の条件を並べて、成果を出す練習をする。
例、残り時間三分で10点負けている、主力選手はファールアウト、コートにいる選手全が4ファール、チームファール4つを超えている、ファールゲームに持ち込む難い条件がある。ただタイムアウトが一回だけ残っている。
さぁ、どうする的な練習メニューを提供する。
何を有効にすれば、可能性を見つけ出せるのか。
考えさせて見るだけの価値はある。そのようなケースは想定できる。
三分間180秒に何に託するかを理解させる。
ディフェンスの強化、攻撃回数を上げる、時間との戦いを強調、相手チームのストーリング時間との戦いなどなどから割り出す可能性を選手に導き出させる。
相手がストーリングで24秒を三回使ったという想定で、自分たちがオフェンスに使える時間は180秒ー72秒=108秒である。
この108秒に勝機を導き出す、4〜5回に費やせる時間一回20秒程度、1回の攻撃チャンスを10〜15秒にすれば、あと3回程の攻撃チャンスを導き出せる。そのチャンス回数を6回得たとすると可能性はある。
3分間で相手を無得点に抑えて、最低5回の得点チャンスに2点シュートを入れれば、同点とすることはできる。
もし6回成功すれば、12点取ると2点差で勝つことができる。
これだけの条件を提案して、勝つまで練習を続ける。
勝つことができることがことが理解できれば、公式戦でチカラを発揮する可能性は身につけるは出来る。
それが底力育成プログラムの一つである。
このようなスキルを導入すると諦めないがチームに構築できる。
この時にすぐ諦める部員も出てくる。
その時こそチームを意識させ絶好のチャンスである。
諦める子がやればせきる体験をさせると、できるかもを体験できる可能性は生まれかも知れない。
一度、取り組んでみてください。
指導者が諦めていては、チームにイノベーションは起こせない。







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夢・叶う 

何もしなくて、自分が持つ夢が叶う訳がないでしょう。

夢なら寝ている間に見る、寝ている瞬間(とき)の夢なら、なんだって叶うかも知れない。

それは夢であり、現実のものじゃない。

夢は夢でも、自分が思う現実に実現する、させる夢を見ようよ。

無理、無理、無理で処置してしまっては、それは夢なんかじゃない。

空想であるに過ぎない。

空想と夢は違う。

心に描く夢は努力が伴って、叶うものであってほしい。

夢叶えるは、努力すれば叶う夢であってほしい。

叶える方法はある。

視線を過去に帰って、見るのではなく、未来に向ける視線を自分で向ける。

白紙のスクリーンに夢を映し出し、心の刻む。

映し出された夢のイメージを実像・画像として残す。

その夢を叶えるために今、何をすべきかを考えて、具体化のイメージを描いて、行動すれば
夢を現実の叶えることの確立を高めることはできる。

描いたイメージを叶える努力をすれば、85%叶えることができる。

やるか、やらないか。

やればできる簡単なパターンを積み上げる。

できれば、ガッツポーズ、人に認めてもらうためにハイタッチを繰り返していけば、

夢が叶う。



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