クラッチの「今日の一言(つぶやき)」

スポーツ・コーチング総合研究所 オフィスKURACH 所長クラッチこと倉田伸司のつぶやきをお伝えします。

 

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ガリバーの国にご招待してきました。 

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2011年11月26日(土)に

バスケットボールBARペネトレイトで

元全日本プレイヤー&松下スーパーカンガルーズの山崎昭史氏をゲストに迎えて、

”ガリバーの国”体験をセミナー受講者の皆さんにしていただいた。
山崎氏

”育てる”をテーマに育成の本音を引出し、実践メニュー創造への足掛かりをつくる。

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同じ体験を12月26日にも同じ場所(BARペネトレイト)で味わっていただこうと考えています。

お席にまだ余裕がありますのでお申し込みください。
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 ⇒第2回語籠(かたろう)会 
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category: オフィスKURACH

やったふり攻撃に騙されるな。 

何度か前のブログに「YESマンなるな!」をアップさせた。

騙されちゃいけない大きな声の「ハイ!」の返事…。

騙されていませんか、コーチとしてのあなたは…。


あんなに元気が良いのに、本番(試合)になると駄目選手になっていませんか?


力が出せない選手に「なぜ、出来なんだ」と叫んでいませんか。

そして、コーチの大きな叱咤激励の声に大きな声で「ハイ!」と答える選手が横に、ハドルの中におびえながら、立っていませんか。


日頃の練習で”やったふり”に騙されていませんか。

私はよく騙されました。

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ある日、やったふり「ハイ!」の声攻撃を封印。

やったふりではなく、出来た事実を要求した。

それはささやかなことでも良かった。

出来ましたという事実を確認するチームを育てたかった。

出来なくとも、やろうとする努力、

わからないことはわからないという勇気をチームに植え付けた。

10度の失敗しても1回でも、成功の兆しがあれば、努力を誉める。

それを心がけてコーチングをした。

1回できれば、何度でもできるようにチャレンジする心を育てた。

それが厳しいコーチの態度でもOKである。

出来た時に誉められ、歓喜する選手や生徒を育てようと試みた。


雨にも負けず、風にも負けず、ハイハイ攻撃を封印して、

前を見ていました。

やればできる。必ずできる。

category: クラッチのつぶやき

2011年度 渋谷高校 +Sプロジェクトからのご依頼 

2011年度 渋谷高校 +Sプロジェクト 第4弾
「メンタルトレーニング」講演とワークショップ

日時と内容詳細
1回目 講演「心のトレーニング」 12月14日(水)午後13時より 
    場所 視聴覚教室にて
    対象:全部活に呼びかけて各部より2~3名程度参加者を募る

2回目 ワークショップ「イノベーションボード創り-未来に向けて-」 
    3月3日(土)午前10時より1時間程度レクチャー
午後制作と発表       

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*写真は別の高校のイノベーションボード創りのものです。

高校生部活動に「日常を鍛える」(上記)というテーマでセミナーをさせていただく。

やらされ感ではなく、進んでやる。

簡単そうでやりきれない日々。

部活動に効力感を持たせて、ささやかな成功の積み重ねでゴールを目指す。

視点を変えれば、日々楽しい高校生活。

通学途上でもトレーニングの材料は転がっている。


夕日に映える通学路をスキップして歩く姿が…。

スキップする高校生?変ですか。

心ウキウキこそが心を鍛える第一歩。

小学生時代、楽しくって思いランドセルを背負って、スキップしながら通った道を思い出そう!

心が変われば、向かう道がかわる。

変化の向こうに成功感が浮上する。

能力を磨くことは脳へ成功感のインプットである。

日常を大切にする。意識する。

category: オフィスKURACH

立つ位置 

漫画ゴルゴ13の主人公デューク・東郷は自分の背後には絶対に人を立たせなかった。

背後に立てば女子であろうが、あろうが攻撃をした。

それは背中を見せれば、反撃される狙撃屋(スナイパー)であるが故の宿命からである。

1968年以来151巻でたった一度だけ後ろの立たせてもゴルゴは攻撃を仕掛けなかったことがある。
*読売TV深い話より。

その一回は弓道を学んだ時だった。

必要に迫られてである。

後ろに立ったのは師範である女性である。

必要に迫られて、ゴルゴは許した。


漫画の話ではなく、指導者の立つ位置とは…である。


スナイパーは背中を見せない。

指導者は教え子に背中を見せる。

でも、教える時にはありとあらゆる場所から、指導する。


教壇に立ち、ゴルゴ13のように背中を見せずに一方通行で教えますか?


魅力ある先生の背中を見て、子供たちは育つ。

指導者の背中を見せて、学ばせる。

その原点は指導者の魅力である。

子供、生徒、学生の目線に立ち、立つ位置を変えて、視点を変えて、教える。

時代が変わろうとも悟らせる指導者の姿勢が必要である。

あんな人になってみたいとあの人に教えてほしいとリスペクトさせる背中を見せることである。

人間的魅力をさらけ出せる人で、持ち合わせてほしい指導者の素養である。

それはあくまで自然体で醸し出されるものである。


日々是正。







category: オフィスKURACH

バスケット頑張ってる! 

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何年前になるだろうか、指導していたバスケットボール部の更衣場所に一枚の半紙に書かれた

「バスケット頑張ってる?」の言葉が貼られていた。

この言葉をつぶやくと妙な響きがあった。


それ以来、何か悩んだり、困ったり、壁を感じたりした時に

いつも、つぶやくようになった「バスケット頑張ってる?」と言う言葉である。


それはなぜ…。


一心不乱に頑張っている自分が好きだからである。

成功を夢見て、夢を実現させているときに集中している自分を感じる言葉として

問いかけていた言葉「バスケット頑張っている?」を

スポーツを愛する皆さんに贈ります「スポーツ頑張ってる?」を

バスケ大好きな人たちに贈ります「バスケ頑張ってる?」を

さぁ!明日も頑張るぞ!

category: クラッチのつぶやき

勇気 

勝っているときに取るタイムアウトの勇気をあなたほ持てますか?

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タイムアウトって、不利を解消するために取るにでは…と思うのが普通。

それは常識的な判断でしょうね。

私だって、そうします。


調子がいい選手なのになぜメンバーチェンジしたのですか?

悪い原因を醸し出すために、結果に対してメンバーチェンジってあるのでは…。

それが常識的な判断でしょうね。

でも、私はあえて調子のいい選手を変える時がある。

それはなぜ、良い感触を持って、維持させるためである。

勝負は先にある。その時にいい感触を出してほしいから、成功してほしいから、あえてベンチにしばらく置く。

これクラッチの常識。

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話を元に戻そう。

勝っているときになぜ、あえて、タイムアウトを請求するのか?

図に乗らせないため、勝利を確認させるためにはやる気持ちを抑えさせるためにである。

勝っているのに不用意に打ったシュートが外れ逆襲を喰らう大きな要因になった試合を何度見たことか?

「えっ!ここでタイムアウト」と思うのは当事者以外の感情である。

勝利を確信したなら、あえて勝っているときに取るタイムアウトはあってもしかるべきである。

この提案に同意し、活用していただいた数人のは全国の道を手にされた。


とは言っても、全てに試合に適応させることはない。

当然、指揮官として流れを読む度量は持ち合わせていなければ、墓穴を掘ることもある。

提案する内容は、こんな選択肢もある程度のものである。

しかし、必要な判断として提案します。


category: オフィスKURACH

YESマンをチーム内につくらない方法…。 

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「わかったの?」と聞けば、「はい」と答える。

これがチームに「YESマン王国」設立の第一歩を歩みだす。

そのうち、コーチは”裸の王様”に君臨することになる。


はいはいコールに囲まれ、酔いしれる王様にあなたは君臨したいですか?

独裁政権はいつか滅びる。

選手たちの反逆は必ず来る。

「わかったの?」とおさらばして、「どうわかったの?」に置き換えれば、

答えが返ってくる。

”答え返し”を誉めましょう。

「そうだね」と相手を尊重する返事を頭に添えて、選手にコーチの見解を返そう。

これを繰り返せば、”はいはいチーム王国”に真の活気は取り戻せる。

創造的集団にチームは大変資する可能を持つことができる。

この可能性へのチャレンジこそがチームのモチベーションを高揚に貢献することができる。

でも、明らかに異なる返事が来ることも予測しておく必要はある。

その時は背筋を伸ばして、指導者としての意見を正々堂々と具体的に語ればいい。

聴く姿勢を示した指導者へのリスペクト精神は築かれる。

信頼関係構築の基本とすべしとクラッチは考える。

category: オフィスKURACH

確率の高いシューターの陰に…。 

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バスケトボール競技の確率の高いシューターをチームで育てる条件

それは安心材料の提供である。

シューターはチームのリズムでシュートを打つことが最も大切なミッションであり、役割である。

100%に近い確率をしてもいいが要求してはならない。

これがKURACHの持論である。


では安心材料とは…。

ゴールデンデルタポジション(制限区域の3か所確保)の支配である。

オフェンスのリバンドポジションの争いに勝つことを意味する。

それはなぜ?

「もしシュートを外しても、落ちても、地道にリバンドボールを拾ってくれる仲間がいる」安心材料のチームとしての提供である。

其処にリバンドを拾ってくれて”ありがとう”、感謝というコミュニケーションが生まれる。

拾ってやるから、打てよ。

信頼関係が芽生える。

この関係の構築がシュート率を異常なまでに高めることに成功する。

これに対する経験値は高く、チームにおける信頼度も高い。

ゲームにおけるシュート率を30%から40%にあげれば、勝者になる可能性を高める。

更に落ちたショート60~70%の何%かでも確保できれば、チームシュート率を高めることができる。


シューターを育てるはリバンドポジションの確保にある。

ゴールデンデルタポジションを確保すると不思議にショートは入る。

これ、バスケの七不思議!

信じるかどうかの選択はあなたの心にある。

そんなバ馬鹿なを捨てましょう。

更にプレッシャーの中で打つトレーニングを練習メニューに加えましょう。

その方法はコーチ自ら考えてください。

それが活きたメニュー構築につながります。

オリジナルメニューは自分自身で考えましょう。

category: オフィスKURACH

黙々とやるな! 

指導者の時代に

黙々とやるな!しゃべれ!

とよく選手に叱咤激励したものである。


思いを形にする第一歩は声に出して人に向かって話すことである。

すると見えてくる。

自分の中で明確になる。

そして、書き残す。

更に時間をおいて読み直す。


聴いてもらえる人を持つことは非常に大事なことである。

今日、今、実感している、そんなひと時を持てれば、また、次、頑張ろうとおもえる時が来る。

声を出して主張することを恐れてはならない。


こんなこと言ったら、どう思れるのか、黙ってモンモンとするより、ためしに口に出してみればいい。

何かが生まれるかもしれないじゃない。

否定されることを恐れてならない。

亀裂が入ることを恐れてはならない。

アクションを起こさなければ、何も創りだせない。


有言実行は必ず成功が約束されることではない。

実行して失敗する確率の方が高い。

あの大リーガー”イチロー選手”だって、6割5分以上ヒットにならないのだから。

ユニクロの社長だって、一勝九敗って自論を展開させている。

口にすることを恐れてはならない。

口に出して行動することは、自分自身への励ましである。

結果が出てから口に出すのは評論家に任せておけばいい。

評論家は決して、自らは動かない。

やりたいことは一度はやってみよう。

失敗すれば、反省し、改善し、新たなことを開発すればいい。

有言実行を推奨する。

category: オフィスKURACH

答えは自分で出せ! 

クラッチの指導法には明確な特徴がある。あった。
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「答えは自分で出せ」と言い続けたことである。

結論を人任せにするな、自分で出せ。

与えられた問題の答えを教えてもらうな。

チームで行動しているなら一時期、チーム全員がバラバラな意見を言ったり、行動をしていても、

焦ったりしない。

こんな方針だからよくぶつかった。

想定内のシナリオであり、喜ばしい強いチーム誕生への陣痛である。

求められている事がぶれなければ、チームの方向性はチームメイトによって共通理解となり、普遍的なものに生まれ変わる。

その年の普遍的なものを考え、自分たちで創造すれば、成果は飛び込んでくる。

創られると表現した方が良いのかもしれない。


チームカラーは毎年変わる。微妙に変わる。

他のチームから観れば、同じに見えることでも実は日々変化していた。

継続されているようで、メンバーは毎年変わる。

変わって当然と認識していた。

9月から翌年の4月までが勝負の準備期と位置付け、教育・訓練・成果を繰り返し、強度を上げていった。

指導者であるクラッチは勝手に1年限りの契約書を創っていた。

年度が変われば、切り捨てる。

自身の中で新しい契約書を更新していた。


提案されたスキルはその年度のチームの着地点を示すものである。

それは勝者への道を示すものである。

未来への道、1年後の道を部員(選手)に示すものであって、答えは彼(部員)らが出すものだと割り切っていた。

公式戦で迷いなく自分たちのプレイをできるようにシステムを組み、提供されたものである。

そのシステムは個々の能力を活かして、機能させれば勝者に導けるものである。

機能させる一員になることがチーム貢献であり、コミュニケーション構築の場である。

悪戦苦闘に日々で偶然できたものが活かされることもある。

答えを出そうとする集団、個人だから偶然できたものではなく、必然だと理解している。

自分たちで創ったものだから、揺るがないし、力の使いどころを心得ている。

その年、その年のヒーローが生まれる。

答えは自分たちで出したと言える。

”答えは自分で出せ!”は一見冷たく、厳しい表現のようであるが個々を成長させる。

考える力を構築させる。

選手には道中迷いもでる。その時に相談役でありばいい。

やはり答えは自分たちで出させるべきものである。

困っても自分たちで解決する姿勢は大切である。

コート上でもまずは自分たちで解決しようと試みる。

簡単にベンチを見ないのがクラッチが巣立てたチームに共通する”強み”であった。

本当に困った時は相通じるものがあり、聴きいれる気持ちも強く持つ。

土壇場での力を発揮できることを”強み”としていたのは、「答えは自分ちで出せ!」が根底にあった。

そんなチーム創りがクラッチの指導法であった。

category: クラッチのつぶやき

有能な指導者の資質。 

スポーツ界に限らず、有能な指導者は一人一人の選手や組織の人間の能力を発揮する場所を示し、チームを機能させることができる人である。

理解しているようでいないことである。


チームに心地よい選手の居場所は必要である。
けっして、選手に自分の身勝手な居場所を聴きいれる人ではない。


我がままを主張し、自分の満足度を満たす居場所を与えてはならない。

個々の好き勝手な主張を認めてはならない。

そうするとチームに個の主張が蔓延して、チームが機能する個々の力を発揮する場が失われる。

選手に指導者の言うことを聞けの押しつけ、選手が指導者に媚びるということではない。

チームが機能するための個々の能力の発揮場所を提案するために、個々の力の特色を見つけ出して、活用することである。


自己中心的な選手を謙虚にさせる。

謙虚さを持たせるのは試合後だけでいい。

自己中心的な前向きな部分を活用して、チームに活かせればいい。

試合で徹底的に自己主張させる選手の成果を誉めればいい。

能力の発揮場所を提供してやればいい。

その場で有能に育った我儘な選手が力の発揮する場を見つける。

チームとして個の発揮場所と示し、機能する主張をさせればいい。

プレイ上のことで謙虚さはいらない。

自己主張の場としてルールに従って暴れさせればいい。

その場で最高のエネルギーを発揮させれば、完全燃焼で消耗させれば、変化が起きる。

謙虚さは試合後に感謝としての言葉を言える習慣づけを指導者が指導すればいい。

選手はそうすることによりより高い評価を知ることになる。

”やんちゃ”が紳士的になる瞬間は必ず来る。

頑張りが認められた瞬間にやってくる。

一度、成果が認められるとささやかでも謙虚さが見え隠れしだす。

その瞬間を見逃してはならない。

それを誉めれば、選手は木に登る心地よさを体験する。


有能な指導者の資質は個々の持つ特色を認め、活かせる場を提供できることである。

我儘な者への変身場所の提供をすれば、良い人生や自らの良き選手生活を過ごしチーム貢献をデザインさせることできる。

そのイメージを提供できる人が高い指導能力を持つことが指導者の高い資質の一つである。


category: オフィスKURACH

過大評価する 

過小評価はモチベーションを下げる。

「お前は駄目だ」と叱られれば、誰だって落ち込む。


誉められて伸びるはゆとり教育の産物。

本人は誉められれば、気分は良いでしょう。

ちょっと待った!

誉められて良い気分で思考停止、努力を消してしまった子供たちを多く見てきました。

自身で「誉められて伸びるタイプなんです」という若者で大きな飛躍を感じることは少ない。

全てに対して「良いよ、いいよ」では努力の停止が始まる。

努力の結果に対して「頑張ったね。凄いね」なら、OKである。

努力の過程に対して賞賛は成長につながる。


行動を起こす前から、「私は誉められて伸びるタイプなんです」宣言者は自ら努力をしない。

他力本願である。

人によいしょされないと行動を起こさないタイプ宣言である。

この誉めるとは異なる誉めるで選手を伸ばす。


過大評価。

あいつに何ができると頭ごなしに決めるのは危険である。

能力がないとみるのは、少し待とう。

「お前ならできる」と要求水準を高くすれば、挫折もするだろうが

少しの成果でも「やれるやん」と努力の過程を誉めることでモチベーションを継続させる指導者でありたい。

「出来ない」という”過小評価”ではなく、「お前にはできる能力があるかも」の”過大評価”を提案する。

過大評価とは努力の目標達成レベルである。

例えば、中学時代に1回戦も勝てないチームに属していた選手が居たとしよう。高校生になって県レベルで優勝者になれる可能性はゼロじゃない。進学した高校の部活動チームの大半が大した戦績がない集団であっても、勝利者になることはある。それは指導者の要求水準を高めることにある。

居合わせてはならない過去の戦績。それは終わったことである。

未来に視点を向ける。

現在いるレベルと要求水準との差(ギャップ)をいかに埋めれるかである。

埋まれば、過去の戦績なんて関係ない。

要求水準を満たすには努力は必要である。

叱咤激励、叱る励ますである。

励ます=誉めるであるが、努力に対する賞賛であり、決して、誉めるを優先させていない。

この部分を選手と指導者のとの間におけば、個やチームは成長する。

「誉めて伸びる」は指導者からの言葉であり、選手や子供たちからの言葉ではない。

指導者はこのバリヤを張らせてはならない。

努力の過程を誉めて、効力感の構築を誉める。

そうすれば指導者が提案する要求水準まで子供たち、選手を引き上げることは可能である。


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入り口で誉められ、出口が見つからない選手を育ててはならない。

出口に来れば、誉める指導者であってほしい。

入り口から出口までの過程をモチベーションの維持であり、

出口から先が試合におけるハイパフォーマーの育成であり、

人生の成功者への道を創ることである。

指導者はその誘導者に過ぎない。







category: オフィスKURACH

本能 

コーチング・インステインクト(教育本能)
教えたがり

指導者や教師になりたいと思う要求は昨日、今日、芽生えたものでない。

持って生まれた本能的なものであるかもしれない。


私は小学生から中学生にかけて、物ごころがついた頃、ひどく赤面恐怖症的に人前に立てなくて苦しんだ時代がある。

でも、なぜか人の前に立って話す自分が常にイメージされていたのである。

おどおど下を向くる自分と堂々と話す自分が同居していた。

その名残は教師を退職するその日まで続いた。

教室の扉を開いて入るまでの心臓の鼓動は半端なものではなった。

でも、何かを伝えたいと思う気持ちは人一倍強かった。


いったん教壇に立てば、伝えたいことを我を忘れて声に出していた。

そのための準備も怠らなかった。

はずかしさよりも(赤面恐怖)よりも、教えたがり(コーチング・インステインクト教育本能)が自分の中で勝っていた。

この原点が最後の最後までフレッシュで居れた。

このドキドキ感が自分らしさを演出していたのかもしれない。

一時間一時間の授業が疲れ果てた。全力投球だったのだろう。


教えたがりは消えず、今だ続く。

それは教師らしからぬ者が、教員資格を取り、おどおどしながら、教えたがりだけに支えられて生きた証である。





category: オフィスKURACH

限られた人の能力ではあるが出来る人は存在する。 

指導者の大きな役割にチームへのやる気の高揚と維持がある。

単なる技術の伝道者なら誰にでもできる。

機能させることで個々の力の発揮場所(居場所)を認識させることでチームは活性する。

チームにやる気を起こさせ、成果(成功感)を創りだせる環境を提供できる人はそう多くない。

でも、存在する。

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幸いかチームを飛躍させたり、勝利を継続させたり、チームのメンバーが変われども、成功者(勝利者)に成れる人との交流を多く持てた。

その人たちのチーム力維持のための能力の発揮方には共通の要因がある。

個性はあるが共通の何かを持っている。

ゲームに対する準備力と

勝たせる方法と

勝たせ続ける方法を明確に提供できる高い能力を持つ人が居る。


それを伝える。

それがオフィスKURACHのミッションであると位置付けている。

そして、高い育成能力を持つ指導者の一人で居ていただきたい。


チームメンバーの個々の能力を発見し、改善させて、機能させて、発揮させる。

師として部に伝える。

育てるとは、個に聴かせ、学ばせて、能力の発揮場所を探せることである。

自分の力の発揮すること発見させるを教える。

それは時には黙っていて、背中を見せるだけでも出来ることがある。

それは指導者が出すオーラであり、シグナルである。

それキャッチできる感性を育てることである。


キャッチする感性がない者へは諦めず、情報を発信し続けることが指導者の仕事である。

情報をキャッチしようとする姿勢の芽生えは
指導者かやのささやかな成功感の提供と個の成功認識である。

やればできるはささやかな成功事実の積み重ねである。

すると新たなるハードルの提供も跳び超えへのチャレンジ心が芽生える。

挫折もあるが何度かの成功感を得た者はささやかな努力を示す。

それが次々に現れれば、効力感が芽生え、やる気が高揚してくる。

成功した指導者の共通している能力が”やる気”を引き出せるスキルの提示である。

category: オフィスKURACH

土壇場にならないとできない。 

期限がある。

その日までにやれんといけない仕事がある。

やろうとするが手につかない。

頭では理解できているのだが、準備すらできない。

期限が迫ってくる。

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いよいよ明日、まで出来ていない。

でも、約束の日にはできている。

そんな、こんなで63年過ごしてきました。

「すいません。できませんでした」は過去にない。

自分自身のことなら、出来なかったことはあるが、(他)人が絡めば、必ずやる。

だから、焦らない。

でも、急に発想が湧いてくるのではない。

何かにつけ、インプットさせたり、書き留めたりしているから、組み合わせを考えているに過ぎないと悟るようになっただけである。



category: クラッチのつぶやき

中庸 

「行き過ぎて骨身でわかる中庸かな」

42.195kmにチャレンジして知ったラニングハイ(陶酔)。

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完走してした時の感想は「二度とは知るものか…」

ところが3日もすれば、またテクテクと走り出している自分が其処に居る。


少し変わったクラッチ式の表現ですが

「脳みそから汁が出る。走れ走れと汁が出る」


セカンドウインドが19分で必ずやってくる。苦しくて苦しくて止めたくなる。

ここで止めると厭な気持だけが脳みそにインプットされる。

きっと運動嫌いの人はここで終わってしまうので嫌気だけが記憶されるのだろうと勝手に思っている。

MY地獄の19分を過ぎると天国がやってくる。

ランニングハイがやってくる。

これを覚えると脳みそから「走れ汁」が湧いてくる。

これを知るとランニング中毒に陥る。

どんなことでも、厭になるほどやれば、○○(ランニング)ハイがやってくる。

皆さんとことんチャレンジしましょう、やりましょう。

快感がインプットされるとまたやろうとする。

その領域に達するにはそんな難しいことではありません。

大阪マラソンなどのシティーマラソンを思い浮かべてください。

多くの人が自己陶酔して、楽しんでいるじゃありまんか…。


もっと、もっとやればゾーン体験ができるかもしれない。

究極の体験ができるかも。

自分だけが動き、周りのすべての人が止まっている。

その中を自分だけが疾走していることを体験できるかもしれない。

満員の会場に静けさが訪れ、ブザービーターのフォーンが響く中でゆっくりとボールがスローモーションでリングに吸い込まれていく。
その後に起きる大歓声だけが心地よく響き、チームメイトと抱き合ってマイケル・ジョーダン化している自分がいる。
なぜか、背番号23…。

category: クラッチのつぶやき

頑張れ!という言葉のプレッシャー。 

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スポーツ界に限らず、「頑張れ○○!」などという言葉は頻繁に使われる。

この言葉は実際、本当に励ましの言葉として、当時者に伝わるものだろうかと疑問に感じることがある。

とことん頑張っている人には「これ以上、どう頑張れって言うのか」として聞こえているのかもしれない。

いや、そう聞こえているのだろう。


どの様にすれば、頑張れるのか。

頑張りの発揮方を言葉にすれば頑張れるのでは…と考える。

最も明確のが時間である。

あと何分頑張れ、次の週までこれだけのことを頑張れ、

そして、実現可能なことを提案すれば、この頑張れの言葉は有効になる。


とことん頑張っているのに更なる頑張りを要求する時には明確に目標設定が必要になる。

具体的なことが浮かんでこない”頑張り”の声はプレッシャー、時には失望感が連鎖される。

2011年の日本はそれを体験した。


バスケットボールゲームにおけるタイムアウトでの言葉では

短い時間内で有効性を言葉にしなければならない。

抽象的な言葉を発しては、混乱を招く。

受け取り方が異なる場合が多々ある。

「もう少し頑張れ!」ではなく、具体的にこのように頑張れを提案しなければチームやプレイは機能しない。

「もう少し、ディフェンスで○○の部分に”手”を挙げて、相手の4番プレイヤーに45度ポジションでプレッシャーをかけろ!4番が嫌がれば勝機を見つけることができる」と具体的に一定の時間内で伝えることが要求される。

具体的に伝えることができれば、事態は変わる。

それが頑張りの提案の本質である。


category: オフィスKURACH

実践力をつける。 

コーチの指導力は誰のための…。

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プレイヤーの実践力向上のための指導力である。

チームの方向性にあった練習メニューの提案こそが”コーチ力”である。

チームはコーチのパフォーマンスものではなく、プレイヤーのパフォーマンスの場であることを認識する。


チームに提案した理念を実践し、実現させる力(ちから)がコーチ力である。

単なる技術の提案者だけでは済ませてはならない領域を抱えた仕事がコーチの仕事であり、役割である。

『実現力』の発揮がコーチ力である。

それによりチーム力が向上し、成果が出る。

チームをさせる個々のプレイヤーの力の終結がチームの総合力であり、競技スポーツなら勝者への道を歩める。


同じ目線で一歩前を歩く。

付かず離れずで提案していく。


考え行動する力の発揮どころをプレイヤー自ら悟らせるのがコーチの力である。

競技スポーツの力の発揮場所、ゲームである。

一度、コート、ピッチ、トラックなどに送り出せば、プレイヤーたちの世界である。

その場でのハイパフォーマンスは日々のトレーニングにある。

競技スポーツならそれを意識しないわけにはいかない。

この前提が覆されれば、競技スポーツの技術の発展はありえない。

チームスポーツなら、チームを意識し、相手を意識し、個の技術を提供し、機能させる。

チームは個を意識し、相手を意識してプレイする。

それがチーム競技スポーツの楽しみ方である。









category: オフィスKURACH

詰めの甘さがトラウマに…。 

このままじゃトラウマになってしまう。

いつだって、2番手じゃね。

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計画は順調ですか?

9月10月は

多くのミニ・中・高校のスポーツチームが新チームに移行しています。

少なからずも次年度の夢を持ちスタートは切られたはず…。


計画なんてない。例年通りですよ。

だから、いつも通りですから順調なのでしょうね…。


でも、新人戦が始まる頃、それなりの期待感は抱くんでしょう。


トラウマなんて持ちませんよ…。

いつも通り、それなりに過ごし、それなりに頑張り、そこそこの結果得て行くので…。


色々ありますよね。

それも、またスポーツです。

目標もないので、挫折感もないし、トラウマにもならない…。


そんなチームは置いといて、

自チーム条件なりに目標をして、ハイパフォーマンスを目指すチーム関係者のみなさん

頑張りましょう。

頑張りの目標を立てて、トレーニングを重ね、成果が出るように着地点を設定しましょう。

目標への道が少しぐらい横道にそれたって、それは軌道修正であり、改善と捉えれば良いじゃないですか。


ここで見直して、取り組み姿勢が改善できれば、スーパーパフォーマーになれるかも…。

100%できなくても、腹八分っていう日本語もあるぐらいですから、後の2分の余力を見直しを実行しましょう。

新人戦までの計画をより具体化し、コーチがプレイヤーに提案しましょう。


それはなぜ。

チーム内の共有・共通ベクトルの見直しをコーチが提案しましょう。

そして、プレイヤーたちが受け入れられる目標を提案しましょう。

小さくて、低くて、ささやかでも成果が出れば、成功感と効力感は創れます。

新人戦までの中間期でのチームやプレイヤーへのモニタリングを実行して、

コーチ(指導者)としての役割を果たしましょう。


気が付けば、チームがプレイヤーが

ハイパフォーマー、いや、スーパーパフォマーになっていればいい。


モチベーションの維持はプレイヤーに任せては、コーチの仕事は果たせない。

ささやかな成功感を持たせ続けることがコーチの使命である。


折れないコーチを目指しましょう。









category: クラッチのつぶやき

敵は我にあり。 


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鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将河内・和泉の暴れん坊、楠木正成の歌に

「我にかち、みかたに勝ちて、敵にかつ、これを武将の三勝といふ」
がある。

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チーム創りの原点は、指導者自身の理念構築とチーム部員との戦いである。

2つの戦いに勝てれば、(敵)勝者になれる可能性は高まる。

チーム内に今日に共通認識されたベクトルを共有して、

日々コミュニケーションを取り、

成功感感を構築し続ければ、自然と対応力が身に付き

日々何をすべきかが見えてくる。

特に最初の2つ「~にかち」という部分を準備力やコミュニケーション力と考えて

敵に勝つとは分析力と考える。

プレイヤーが納得して、きつい練習を受け入れる土壌を創れば、勝てるチーム創りは前に進む。

ささやかでも小さな成功感を与え続けることである。

category: クラッチのつぶやき

「ここだな」 

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流れをつかむ。

継続して、あるものを追及していくとある日、突然何かが見えてくることがある。

今や!これや!などを強く感じることがある。

それは決して、思いつきではない。

例えば、一番になりたいと切磋琢磨していても勝てない日々あったとする。

どれだけ頑張れば、一番になれるのかと嘆いたりも、自分には1番になる能力がないと悔み始める。

そこでやっめてしまえば1番への道は閉ざされてしまう。

続けていれば、ある日突然、スカッと見えてくるものが目の前に現れる。

「ここだな」と思える日が来る。

それをつかむと小さな力で大きな効力を得ることを知る。


私のバスケトボール道では、”引くこと”を知った日である。

引くこととはオールコートプレスからハーフマンツーでの勝負である。

一見、消極的な方法が大きな力となったことを自覚した日がある。

強くなるってことはこう言うことなんやと自覚した日が私にはある。

勝負を急がないと自覚した日である。

いつでもプレスをかけてやる。いつでも走ってやると得意を最後に持ってきたことで

勝利が向こうから飛び込んできた。

それを自覚した日がある。


サッカー選手が一生一度しか打てるかわからないオーバーヘッドキックでのシュートを延々と練習して、

最も大事な試合で不意に出た奇跡的なシュートは日々の練習からである。


バスケットボールにおけるアーリーオフェンスを毎日の練習メニューに加え、

目をつぶり、5人のプレイヤーの足音とバスキャッチの音で今どこで何をしているかまで、練習させて

「ここが3点シュート」を打っているとだなと目を開ければ、選手が打っている。

それを毎日毎日させた。

するとある日、試合時間残り数秒で負けている試合をチームで演出して、最後3点シュートを打って

72対71で勝った試合があった。

このシュートを打った選手はこの日、このシュートだけだった。

あなたはどう思いますか。

この一本のために3年間、雨の日も風の日も、チームで練習し続けた成果である。

それはこの日、この時に戦ったすべてのチームメイトは自覚している。

誰がヒーローでもない。

関わったチームメイトすべてがヒーローである。

こんなチームを目指した日々だった。

そして、これからもチーム競技を目指すすべての人が心がけてほしいイズムである。

category: オフィスKURACH

逆手に取る 

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凄く悪い環境下で指導して、成果を出しておられる指導者は対応力を持っている。

所謂、引き出しを多く持った指導者である。

何とかしたいと思う心が人を動かす。

人が動けば、良い流れができる。

すると悪い環境が好転してくる。

こうれをこうすれば、希望や期待が持てる。

その具体を示して、努力する喜びを与えれば、良き流れができる。


自分が何て不幸なんだろうと嘆く前に

幸せになるにはどうしたら良いのかを考える。

出来ないと嘆くより、出来るようなものを提供する。

それが有能な指導者がすることである。

やればできそうなことで、やり続ければ、出来るものを工夫して提供する。

それが指導の心得である。

必要ではないこと、”できない”と思う諦めの心である。

有能な選手ばかりの集団が勝者になるとは限らない。

能力なんて誰にでもある才能である。

能力が高いだの、低いだのと言っている前に

目の前に居る選手や児童や生徒や学生や社員などを
どうすれば機能させるかを日々模索することが大切である。

環境が悪ければ悪いほど、努力すれば、色々な対応が身に付く。

技術は一つだけじゃない。

色々な方法を模索して伝える。

それば指導者の仕事であり、役割であり、使命である。

category: クラッチのつぶやき

ハイキングしてきました。 

11月3日に奈良県宇陀のススキ高原として有名な曽爾(そに)高原に行ってきました。


少し運動不足を感じる今日この頃…。

秋を楽しもうとハイキングしてきました。

初心者コースとはいえ、この斜面です。

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息絶え絶えで、必死のパッチで頂上”亀山”まで

その爽快感は最高でした。
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”曽爾高原ビール”を買って、

帰宅後、美味しく頂きました。

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category: クラッチのつぶやき

三陸復興牡蠣プロジェクト 

3月11日(東北大震災)は日本人にとって忘れることの出来ない日となる。

全ての人が「何かせんとあかん」と思ったに違いない。

自分のできることをやろうと

義捐金、ボランティア、友人への電話・メールなどなど

知人はいち早く被災位置に足を運びボランティアに向かった。


悩んだ、今の自分に何ができると…。

あれから、7か月の日々が過ぎた。


一通のメールが届いた。
『三陸復興牡蠣プロジェクト』からのものである。

復興・復旧に役立つならばと一口オーナーに入会した。

其処からのものである。

実に丁寧なスタッフからのメールである。

”牡蠣の成長に3年かかる”が小ぶりながら1年牡蠣が育ってます的な内容のものだった。

なぜか、無性に嬉しかった。

思わず”頑張れ三陸”と叫んだのである。


海を憎まず、海とともに生きる。

一歩前に早々と取り組まれた成果がすでに報告してくださった。

忘れてはいけない共存の道。


category: クラッチのつぶやき

至言 

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悪いところばかりに目を向けると良いところが見えなくなる。

批判されることは、そんなに苦にはならないが、批判し返すと自分が嫌になる。

これを繰り返すと全てがダメになる。

オウム返しの連鎖が生まれる。

いまどき風に言うと”負のスパイダル”である。


世の中には常に賛否両論というものが存在する。

一々反応していては、前進はない。

聴く耳もそこそこに自分らしさを発揮して前を見るべきである。

いまどき風に言うと”アイデンティティ”ですかな…。

まっ、生きているうちにささやかな花の蕾でもつけれるようにぐらいで

背伸びをせずに、ほんの少し”爪立ち”して前を見て歩いていきますわ。

category: クラッチのつぶやき

新渡戸稲造師の本で心が動く。 

未読の一冊、新渡戸稲造師『逆境を超えてゆく者へ』

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文中の
「何かまとまったものを書こうとしても八、九ぐらい書くと厭になり、
 いっそ中止しようかとさえ思う。
 厭になって中止してしまえば、
 それまでしたことも無駄になる。
 そこを辛抱して続けさえすれば、
 必ず目的は達せられるのだ」
にグサッときた。

無気力感をつくりだす一つに思いを具体化できないことがある。

やり始めたのに中途半端に終わってしまう。

途上で止まっている。

葛藤の日々への警鐘。

この本は未読のまま積読で終わりかけていた本である。

なんとなくカバーをはがすと読んでみたくなった。

読み始めるや否や上記の「」である。


オフィスKURACHを起業して、止まっていることがある。

新渡戸師は私を見ているかのような文章である。グサッと心に突き刺さった。

やり始めて止まったものを今動かす時が来たと。

category: クラッチのつぶやき

命がけで頑張っている人もいるのに…。 

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全てを出し切って頑張っている人もいるに

十把一絡げの基準で判断してほしくない。

凄い指導者は世間の言葉に身も負けずにコツコツと子供や生徒と向かい合っている。

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「駄目な教師が多すぎる」と主張する友人と口論になったことがある。

「本当にダメ教師ばかりに出遭ったんかい。それはほんの数パーセントの報道を鵜のみにしているだけやろ」と反論した。

「頑張っている指導者ばかり1年間ずっと逢わしてやる自信ある」と言い切った。

都道府県に学校が何校あると思っているのか、全てに良い指導者がいるとは言わない。

例えば、高校が全国に2,000校あるとしよう。実際にはもっとあるだろう。

其処に頑張っていられる先生が一人いたとしよう。実際にはあるかに多い頑張る先生たちが存在する。

口論した友人に毎日紹介しても2000日、7年近くかかるわけである。

教育界、指導者のみなさん、ぶれなく自信を持って指導しましょう。


一部の批判に屈することなく、教育界は頑張りましょう。

それは子供の未来のためにである。

category: クラッチのつぶやき

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